著者
小西 真弓
出版者
豊橋創造大学
雑誌
豊橋創造大学紀要 (ISSN:1884460X)
巻号頁・発行日
no.16, pp.157-179, 2012-03

サロス・コワスジーによれば,インドのナショナリストを立役者にした最初のイギリス小説『シリ・ラム』(Siri Ram, 1912年) は,イギリスの圧政に憤ったインドの青年がナシクの長官を暗殺した事件(1909年)を素材にして執筆されたと言われる.*かつてキプリングにあこがれていた著者のエドマンド・キャンドラー (Edmund Candler, 1874~1926年) にとって,イギリスのインド支配は自明の理であり,インドの独立はごく一部のナショナリストが抱いた妄想に過ぎないように思われた.しかし渡印後に,ベンガルやパンジャブのカレッジで教職につき,学生たちが命がけのテロ活動や暴力革命に魅かれる現実を目の当たりにした彼は,キプリングのようにナショナリズムの問題を一笑に付すことができず,あえて愚かなインド青年シリ・ラムがテロ活動に身を投じるドキュメンタリー的な小説を描いた.シリ・ラムは物語の結末で,原住民のために献身したイギリスの行政長官を殺害して処刑される前に自害するが,真に断罪されているのは,彼を過激なナショナリズムの「生贄」にしたスワミ(ヒンドゥーの導師)や秘密結社の黒幕たちである.一方,物語に登場するイギリスの立役者たちは,インド青年の教育に頭を痛めたり,パンジャブの村々に蔓延ったペスト対策に命がけで働く善人として描かれ,その献身ぶりを称えられている.そのためか著者はイギリス帝国主義のプロパガンディストであるとの印象は否めないが,インドにおける教育や医療の問題を通して,異文化理解の難しさや帝国主義の矛盾を問いかけている.