著者
坂川 裕司
出版者
小樽商科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

明治初期における百貨店,とくに百貨店業態のイノベーターである三井呉服店(現在の三越百貨店の前身)の小売行動について調査した。その調査の結果,日本における小売業のイノベーションは,欧米小売業にみる百貨店経営手法の単なる模倣というよりも,むしろ日本の社会構造に規定された中での競争に適応するという過程において,小売業者により行われた学習の成果に大きく依存している可能性が明らかとなった。とくに三井呉服店による「呉服陳列会」は,上記の事柄を顕著に示している。当時の最高経営執行者である高橋義雄は,三井呉服店において百貨店の経営手法(西洋式簿記,陳列販売,正札販売など)の導入を薦める一方で,当時の呉服小売業との競争にも適応し,対抗行動をとる必要があった。このような状況において新興の呉服小売業者の出現は,「大店」として,ある程度の市場支配力を持つ呉服小売業者を窮地に追い込む出来事であった。「大店」の中でもリーダー的存在であった三井呉服店も例外ではなかった。しかし三井呉服店をはじめとする「大店」は,新興の呉服小売業者の戦略を即座に模倣することが出来ず,有力な対抗行動をとれぬままにいた。まさに戦略の模倣を制約する構造的条件の一つとして,「大店」の競争優位性を規定していた商品調達経路の特殊性が存在した。そしてもう一つの構造的条件として,「大店」との取引関係をめぐり確立された社会的信頼関係が存在した。これら二つの構造的条件は,既存の呉服流通経路に依存した商品調達による新興の呉服小売業者への対抗行動,言い換えるならば品揃え物差別化を困難にした。そこで三井呉服店は,新たな商品調達経路を独自に開拓するという流通イノベーションに着手し,そのイノベーション実現の布石として呉服陳列会を開催したのである。このように呉服陳列会は,流行創出を目的とした品揃え差別化のノウハウを学習機会となり,後に三井呉服店が百貨店経営に流行創出装置としてのマーケティングを備えさせたと考えられる。

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