著者
永福 智志
出版者
富山医科薬科大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2002

サルにおける神経生理学的研究から,上側頭溝前部領域には「顔」に選択的に反応を示す「顔」ニューロンが存在し,これら「顔」ニューロンは顔や視線の方向に選択性があり,一部は「声」などの聴覚刺激にも反応性があることが報告されている.しかし,「顔」や「声」に基づいたアイデンティティの認知(その「顔」や「声」の主が誰なのかの認知)における同領域の機能的役割に関する研究はほとんどない.われわれは,アィデンティティ認知における同領域の機能的役割をニューロンレベルで解明するため,「顔」に基づくアイデンティティ認知を要求する遅延見本会わせ課題(I-DMS課題)を用い,課題遂行中のサルの行動と同領域(および下側頭回前部領域)ニューロンの反応を記録・解析した.また,同領域における「顔」ニューロンの分布を組織標本および核磁気共鳴(MR)画像に基づき検索し,同領域内での「顔」ニューロンの反応性の相違を検討した.その結果,上側頭溝前部領域吻側部と尾側部には機能的な差異があることが明確になった.すなわち,(1)顔の方向に対する反応選択性が同領域吻側部と尾側部で異なり,吻側部「顔」ニューロンは斜め向きの「顔」に選択性を有するものが多いが,尾側部「顔」ニューロンは横顔に選択性を有するものが多いこと,(2)吻側部「顔」ニューロンは顔の方向に対して一峰性のチューニングを有するものが多いが,尾側部「顔」ニューロンは左右方向の「顔」に対して鏡像関係のニューロン応答を示し,二峰性のチューニングを有するものが多いこと,(3)吻側部「顔」ニューロンは,尾側部「顔」ニューロンより「顔」のもつ視線の方向による反応の修飾を受けやすいこと,などが示された.したがって,同領域吻側部「顔」ニューロンにはアイデンティティの認知に有利な斜め向きの「顔」が主に表現されており,視線の方向など,「顔」のもつ生物学的意味による反応の修飾を受けやすいこと,一方,尾側部「顔」ニューロンには横顔を含めあらゆる方向の「顔」が表現される一方,単なる「顔」の方向だけでなく,「顔」のパーツの包含関係なども反応性に影響を与えることが示唆された.解剖学的には,同領域吻側部は視覚記憶と密接な関係のある下側頭皮質前部(とくに前腹側部)と強い相互神経結合がある一方,尾側部は下側頭皮質後部,視覚前野(とくにV4野),頭頂間溝および海馬傍回後部(TF/TH野)など,種々の視知覚関連領域から線維投射を受けるなど,入出力様式に違いがあることが知られている.われわれの結果はこのような解剖学的知見と一致するものであり,上側頭溝前部領域吻側部と尾側部における「顔」情報処理に機能的階層が存在する可能性を示唆している.

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