著者
小林 祥泰 小黒 浩明 卜蔵 浩和 山口 修平
出版者
島根大学(医学部)
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

高齢者の転倒に重要な因子と考えられる歩行時の危険予知能力を、事象関連電位および機能的MRIで明らかにするために、昨年に引き続き以下の研究をおこなった。被験者が実際に歩いている感覚を持つような、仮想現実空間を実現した歩行動画ビデオを昨年の段階で完成した(ソフト開発会社との共同作成)。動画ビデオの中には、歩行を妨害する刺激、すなわち突然接近する自動車やボールなどの場面を音と共に挿入した。本年度はこの刺激を用いて事象関連電位P3の測定を行った。まず若年の健常者において基礎的な検討を行った。被験者は動画中の標的刺激(アニメの犬)に対してボタン押しを行い、課題実行中の事象関連電位を測定した。そして妨害刺激に対する事象関連電位も記録し、標的刺激の反応と比較した。脳波は頭皮上16カ所から記録し、事象関連電位の頭皮上の分布も検討した。その結果、標的刺激に対する事象関連電位P3は潜時301ms、振幅13.3μVで頭頂後頭部優位に出現した。一方、妨害刺激に対する事象関連電位P3は潜時320ms、振幅11.4μVで前頭部優位であった。予期しない新奇な刺激に対する生体の反応は、定位反応(orienting response)として知られており、事象関連電位では新奇性関連P3が出現する。今回の妨害刺激に対する事象関連電位P3は、その潜時や電位の頭皮上の分布の検討結果から、新奇性関連P3と同様の反応を見ていると考えられる。その後さらに、歩行障害を呈する種々の神経疾患患者(パーキンソン病、進行性核上性麻痺、多発性脳梗塞等)での測定を行った。実際に歩行は行わないため、事象関連電位の測定は全例で可能であった。その結果、一部の患者で妨害刺激に対する事象関連電位の低下、遅延を認め、本システムによる測定が、歩行時の様々な危険物に対する認知能力の定量的評価に使用できる可能性が示唆された。今後さらに転倒の客観的指標との相関を検討することで、疾患との関連、脳内病変部位との関連、一般認知機能、特に前頭葉機能との関連、さらに歩行障害に対する治療の効果などの検討に応用が可能である。機能的MRIに上る検討も今後の課題であるが、妨害刺激に対する反応の脳内神経ネットワークの詳細が明らかになることが期待される。