著者
野田 菜央
出版者
神奈川県警察科学捜査研究所
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2018

資料の劣化は法科学的資料によく見られる特徴であり、体液種の同定における劣化資料への対策は重要な課題である。法科学的資料としてしばしば扱う体液種の1つである唾液の同定法として汎用されているアミラーゼ活性検査も、劣化した資料では活性低下により唾液同定が困難になることがある。また、劣化の程度は資料ごとに異なり、採取状況や資料の外観から劣化度を知ることは困難である。劣化度を正確に把握できれば、劣化度に応じてより効果的な検査法を選択し、資料の消費を抑えることができると期待される。そこで本研究では、唾液同定法の一種であるELISA法に着目し、資料中のタンパク質の劣化度をタンパク質分解度(PDR ; Protein Degradation Ratio)という指標で定義して資料の劣化度を評価した上で、PDRの異なる資料に対してELISA法を実施し、劣化資料に対する有効性を明らかにすることを目的とした。まず、タンパク質分解酵素で段階的に断片化したBSAについて、280nmにおける吸光度により総タンパク質量、Bradford法により比較的断片化していないタンパク質量を定量し、それぞれの定量値の比をPDRとして定義した。その結果、分解酵素の処理時間に応じてPDRの増大が認められた。また、土壌環境下で処理した健常人の唾液斑についても同様にPDRを推定したところ、劣化資料は未処理の唾液斑に比べて高いPDRを示した。さらに同資料に対してアミラーゼ活性を測定したところ、劣化資料においてアミラーゼ活性の低下が認められた。また、アミラーゼ、スタセリンを指標としたELISA法を実施したところ、劣化資料においてアミラーゼは検出されたが、スタセリンはほとんど検出されず、ELISAマーカーによって結果に差異が生じた。本研究より、資料の劣化度をPDRという指標で推定できることが明らかとなった。また、PDRから資料の劣化度に応じたELISAマーカーの選択ができる可能性が示唆された。今後は新たなELISAマーカーについて唾液同定の有効性を検討していきたい。
著者
田中 佐知
出版者
神奈川県警察科学捜査研究所
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2010

【目的】犬は、ヒトの生活の中でペットとして飼われているだけでなく、盲導犬や救助犬をはじめ、様々な場面で使役犬として活躍しでいる。いろいろな使役に適するように品種改良を重ねられてきた結果、現在は400種以上の犬種が存在している。しかし同一犬種内でも使役犬になれる個体と、なれない個体がいるのが事実であり、ヒトのニーズに応えていない。そこで、犬の気質(個性)に関連しているとされている脳内神経伝達物質であるドーパミン受容体D4 (DRD4)及び5-Hydroxytriptamine Receptor (5-HTR)の1Bの各遺伝子と個体の行動との関連を調べることで、使役に適した個体の選別につながると考えた。【方法】牧羊犬として品種改良されたボーダーコリー種を用いた。一般家庭で飼われ、牧羊犬の訓練を受けている個体の行動を一定時間観察し、羊に対する集中力(注視率)を調べた。また、DRD4遺伝子については、nested-PCR法により遺伝子型を調べ、シークエンスによる塩基配列分析を行った。5-HTR1B遺伝子については、SNaPshot法を用いてSNPsを調べた。これらの結果から、注視率と各遺伝子型及びSNPsの関係を統計学的に解析した。【成果】ボーダーコリー種において、DRD4遺伝子では、3種類の対立遺伝子(435, 447a, 498bp)が検出された。それらから得られた遺伝子型はいずれも注視率との間に有意差が認められなかった。447aアレルでは、本来存在する2つの塩基置換のうち1つが存在していなかったが、アミノ酸の置換は認められなかった(非同義置換)。5-HTR1B遺伝子では、既報のとおり6つのSNPsが確認され、そのうち2つ(G246A, C660G)において、注視率との有意差が認められた。また、羊に初めて対面した年齢が1歳未満の個体は、1歳を過ぎてから初めて羊に対面した個体よりも高い注視率を示した。以上のことから、牧羊犬の気質に影響を与えるものとして、遺伝学的な素養も加味されるが、できるだけ早い時期に羊に対面させることも必要であると考えられた。