著者
小川 正人
出版者
道立アイヌ民族文化研究セン
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究課題は、近現代日本のアイヌ教育史の中でも、〈アイヌ政策〉が可視的だった1930年代以前とアイヌ民族の権利回復・伝統文化の再評価が唱えられるようになった1960年代末以降との"狭間"に当たり、「アイヌ」という言葉すらタブーとされることが多かった1940~50年代を対象として、この時期の教員や地域のアイヌによる取組や活動をあらためて調査し、当時のアイヌと教育に関わる様々な問題の実態を明らかにすることを目的とした。具体的な作業と成果は次のとおりである。(1)先ず北海道大学附属図書館、北海道立図書館、北海道教育大学附属図書館等において、当該時期の教育行政関係文書、教育雑誌、教職員組合関係文献等を調査し、本研究課題に関わる記録資料の所在に関する予備的確認を行った。(4月~6月)(2)その結果を踏まえ、道内各地域での関係資料調査を順次実施したほか、全国的な教育行政・教育研究組織等の動向を掴むため東京都での資料調査、早くからアイヌの教育問題に関心を持ち人的な交流も確認できる被差別部落地域における情報を収集するため京都、奈良、大阪での資料調査を実施した。(7月~12月)(3)並行して、収集した情報のデータベース(文献目録)化を実施。10月に開催された教育史学会第57回大会での口頭研究発表にその成果の一部を援用した。(4)12月以降は補充調査を実施しつつ、収集した情報の整理・分析作業を継続した。(5)以上の作業を通して、確認できた当該時期の関係資料は、数としては前後の時期に比べきわめて乏しい。しかも、タイトルに「単級複式学校」「地域の低所得者層」「非行等の語のみを記したものが目立つ。予て指摘されてきた"見えない問題"とされていた時期だとする把握は、現象としては確かにその通りである。しかしこれらの記録には、地域のアイヌ児童の問題と取組む教職員や、自ら教育研究団体の場で発言するアイヌの存在が確認できる。そして、これらの人々による、問題の所在と打開の方策を模索する営みは、その困難さに行き当たれは当たるほどに、人々自身の意図を超えて、アイヌ児童を取り巻く諸問題が、「貧困」「僻地」「階層」だけではない淵源―先住者ゆえに抱えさせられてきたもの―を持つことを暗示している、というのが筆者の仮説的な結論である。本研究により筆者は、「アイヌ=先住民族」という理解が与件ではない時期に、実態との不断の取り組みによって、その問題が"予感"されたことが重要ではないかと考えるに至った。本研究の成果については、2014年10月に開催される教育史学会大会にて改めて発表する予定である。