著者
横谷 明徳
出版者
The Japanese Radiation Research Society
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
pp.74, 2009 (Released:2010-02-12)

これまで放射線のトラック構造と生物影響に深く関係する難修復性のDNA損傷の関連について、モンテカルロシミュレーションを用いた数多くの研究が行われてきた。これらの研究は、トラックがDNA分子を通過することによる直接的なエネルギー付与(直接作用)によりDNA二本鎖切断(DSB)が高い確率で生じ、LETの増大とともにその頻度も増加することを予測している。我々はこれまで、直接作用により誘発されるDSBの収率をプラスミドDNAをモデル分子として観察してきた。試料に用いたpUC18プラスミドDNAは、通常の細胞中のDNAと同じコンフォメーション(B-form)となるよう高水和状態に維持した。この条件では、1ヌクレオチドあたりの水分子は約35分子であり試料の質量中の50%を水が占めることになるが、もしOHラジカルが生成したとしても自由に拡散できるバルク水が無いゲル状の試料である。照射に用いた放射線は、日本原子力研究開発機構高崎研究所TIARA及び放射線医学総合研究所HIMACから得られるHe, C 及びNeイオンを用いた。同一LETでもイオン種によるトラック構造の違いがあるため、異イオン種間のLETの比較は注意を要する。そこで我々は、それぞれのイオン種でLETを変えながらプラスミドのコンフォメーション変化として電気泳動法によりDSBを定量した。その結果、HeイオンによるDSB生成収率は20 keV/µmに極小値をもつが、これより高LET側では急激に収率が増大し、120 keV/µmではその約4倍の値となった。しかしさらに高LET側では、再び減少に転じた。Cイオンでも80-500 keV/µmとLETを上げていくとDSB収率は増大したが、その傾向はHeイオンに比べると小さかった。Neイオンでは、300-900 keV/µmの領域ではDSB収率にほとんど変化はなかった。以上のことは、イオントラックからの直接的エネルギー付与により生じるDSBの収率はLETの増加に伴って増大するが、その傾向はイオン種によって違いがあることがわかった。本口演では、私たちと同様なLET依存性を見せる過去の知見を交えながらDSBの生成収率と生物効果に対する考察を行っていく。