- 著者
-
井上 稔
村上 氏廣
- 出版者
- The Japanese Teratology Society
- 雑誌
- 日本先天異常学会会報 (ISSN:00372285)
- 巻号頁・発行日
- vol.14, no.2, pp.77-83, 1974-06-30 (Released:2019-02-01)
大量のグルタミン酸ソーダ(MSG)をマウス乳仔に皮下投与すると脳の視索前野と視床下部を中心に神経細胞の壊死がおこることはすでに知られている。乳任期に10日間MSG投与をうけたマウスは体重が対照の2倍近くに増加し、体長は対照より10%短く、雌は不妊になった。また妊娠末期のマウスやラット母獣に大量のMSGを皮下投与すれば、胎仔の脳にも視索前野や視床下部を中心に傷害がおこる。そこで本実験では第一にMSGによる胎仔の脳傷害の頻度、程度と処理の発生段階との関連について検討し、第二にそれらの胎仔の出生後の発育状態について観察した。CF#1マウスの妊娠16、17、18日のいずれかに30mmole/kgのMSGを皮下投与し、3、6、24時間後に胎仔をとりだし、脳を組織学的に観察した。一方同様に処理した母獣を自然分娩させ、仔獣を25週まで飼育し、体重と、体長に代え尾長を測定し、交配実験もおこなった。その結果、胎生16、17、18日のいずれの日にMSG処理した群でも3、6時間後の胎仔の脳の視索前野と視床下部を中心に核濃縮と細胞の空胞化を示す傷害がみられた。胎生18日処理群では母体を単位とする同腹仔間で傷害の程度に差が大きかったが、視床下部では弓状核、腹内側核および両核の間の部分に傷害の広がる例が多かった。胎生17日処理群では傷害の程度は18日処理群より軽いようにみえた。胎生16日処理群では弓状核より腹内側核に傷害をうけた細胞が多くみっかった。このような傷害はいずれの群も24時間後には光顕的にみつけることはできなくなった。そのほか処理した時の母獣や胎仔の体重、胎仔の数と傷害の程度との間に密接な関係はみつからなかった。同様に処理した母獣を自然分娩させ、仔獣を育成したところ、胎生18日MSG処理群では雌雄とも体重増加が著しく、20週齢以上で対照群に比べ有意に重かった。このうち雄2例は著しい肥満を示し対照の平均体重より標準偏差の3倍以上重くなった。またこの群では尾長が対照群より有意に短かかった。交配実験で不妊の雌はみつからなかった。Olneyは2〜9日齢のマウスにMSGを大量に投与し、脳の視索前野や視床下部の傷害をみたが、視床下部の傷害は弓状核とその周囲に限られていた。本実験で胎仔の脳では弓状核のほか腹内側核の細胞も傷害をうけており胎生16日では弓状核よりむしろ腹内側核の方に傷害が強かった。腹内側核の神経細胞は弓状核より発生の早い時期につくられるので、MSGに対する感受期も少し早くなるのかもしれない。生後の観察では胎生18日処理群に肥満の例がみつかり平均尾長も対照群より短くOlneyの結果と類似をみた。しかし胎生16、17日の処理群でこのような結果が得られなかったのは傷害の程度が軽かったからだろう。