著者
市橋 秀夫
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.58, no.5, pp.423-430, 2016-05-15

はじめに 自閉スペクトラム症(ASD)の出現頻度は本質的に時代の影響を受けないはずであるが,どの医療機関でも発達障害者の受診が増えているという。その理由は2つあると思われる。 第1に1990年代後半から広まった発達障害の啓蒙活動である2)。それまで仕事ができない,人間関係が築けない,人の話が理解できないのは,自分に問題があるためだと思い込んできたのが,「発達障害のためではないか」と自ら疑い始めた。残念ながら啓蒙活動は精神科医ではなく,一般市民や当事者による外国書物の紹介から始まった。成人精神医学を専門とする精神科医が大多数を占めるわが国では,発達障害の知識はほとんどなかったからである。さらに児童精神科医はわが国では少なくて,これまで発信力も乏しく,成人になると関与しなくなること,児童精神科医と成人精神科医との学術的な交流も乏しかったという背景があった。そのため成人の発達障害の対応は大幅に遅れた。 第2に発達障害の受診者が生きづらい時代に入ったのではないかという実感が治療に当たって感じるようになった。その生きづらさはどのようなものであるのかを明らかにすることが本稿の目的である。 このように増加する発達障害に対して私たちはまだ十分な医療,社会的受け皿,行政,福祉などの用意ができていない。発達障害の本質は生きにくさにある。それは社会・文化的文脈で理解していかなければならないことを意味する。

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