著者
鈴木 晃仁
出版者
医学書院
雑誌
検査と技術 (ISSN:03012611)
巻号頁・発行日
vol.39, no.5, pp.359, 2011-05-01

医学のなかで精神医学の診断のむずかしさは群を抜いているという.そのことと,精神医学が歴史上悪用されたことが多いことは,おそらく深い関係がある.精神医学の悪用として最も悪名高いのは,「逃亡狂」(drapetomania)という精神病の「診断」であろう.これは,サミュエル・カートライト(Samuel A. Cartwright,1793-1863)という医者が,アメリカ南部の黒人奴隷が自由を求めて逃亡するのは精神病であると主張して作った診断概念であり,『ニューオーリンズ内科・外科学雑誌』の1851年5月号に「黒人種の病気と身体的な特異性について」と題された論文のなかで論じられている1. この論文の全体の基調は,奴隷制を正当化しようという意図に貫かれている.当時高まっていた奴隷解放を唱える内外の勢力(北部の自由州やイギリスなど)に抵抗するために,奴隷制が正しいことを「医学的な見地から」主張した論文である.黒人の身体と精神はもともと奴隷状態にふさわしくできており,奴隷として適当に扱われないと病気になることをカートライトは主張し,その病気の病理学や治療法が示唆される.扱われている病気は,肺炎,瘰癧(るいれき),フランベシア,結核などのふつうの病気に加えて,カートライトが自ら発見し命名したものもあり,逃亡狂もその一つである.

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