- 著者
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椎野 若菜
- 出版者
- 学術雑誌目次速報データベース由来
- 雑誌
- アフリカ研究 (ISSN:00654140)
- 巻号頁・発行日
- vol.2001, no.59, pp.71-84, 2001
ルオ村落社会では, 既婚の男が死んだあと, 残された妻は「墓の妻 (<i>chi liel</i>)」とよばれ, 亡夫の代理になる男と「テール (<i>ter</i>)」関係を結ばねばならない。寡婦は亡夫の妻であり続けながらジャテール (<i>jater</i>) とばれる代理夫を選択し, 彼と亡夫の土地で「夫婦」生活を送る。<br>従来の多くの研究における寡婦に関する慣行は, 夫の集団が彼の死後もその妻に対し保持しうる権利として解釈されてきた。寡婦と性関係を結ぶ男たちとのかけひきをも描いた, 寡婦の生活実践を究明するものは極めて少なかった。そこで本稿では, 寡婦が夫の死後, 新たな男との関係を築きそれを維持していく過程に注目した。まず慣習的規範や信念などと絡み合う, 寡婦をめぐる人間関係を抽出したうえで, そのなかにおける寡婦の生活の社会的側面と, 性生活におよぶ寡婦の個人的側面を支える, テール関係の様々な局面についての考察を試みた。<br>その結果, このテール関係は父系的土地慣行を前提としているだけでなく, 性に関する細かな慣習的規範,「娼婦」のレッテルなど, 寡婦にとって圧力になりうる諸要素の影響下に成り立っていることが判明した。一方で寡婦は, そうした社会的な圧力と人間関係の絡み合いのなかで生じる力のバランスを巧みに利用し, 不都合があれば逆に慣習的規範を関係解消の理由づけとして使い, 代理夫を頻繁に変え得ることが明らかになった。つまりルオの寡婦は, 個々のもつ社会的状況に応じて策略を練り, 男たちとかけひきしながら自由に代理夫を選択するという, 実践を続けているのである。