著者
高橋 俊雄
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.231-234, 1997-12-28

淡水産の刺胞動物であるヒドラは単純な体制と限られた細胞種からなり,強力な再生能力を持つ生物で,形態形成のメカニズムを研究する上での理想的な小動物である。従来の研究で様々なシグナル分子がヒドラの出芽,再生,細胞分化などのダイナミックな発生過程の制御や神経情報伝達に関与していると示唆されている。しかしながら,多大な努力にも関わらずヒドラのシグナル分子の実体はほとんど明らかにされていない。唯一,11個のアミノ酸残基からなり頭部形成を促進するペプチドHead activator(pGlu-Pro-Pro-Gly-Gly-Ser-Lys-Val-Ile-Leu-Phe)が同定されているだけである(Schaller and Bodenmuller, 1981)。実体が明らかにされていない主な理由は,シグナル分子の組織内含量が非常に少なく,しかも精製過程における生物活性検定に多大な労力と時間を要することにある。この点を克服するために,従来の方法とは異なる新しいアプローチ方法を開発し,ヒドラの発生過程や神経情報伝達を制御するペプチド性シグナル分子を大規模かつ系統的に単離し,その構造及び機能を解明する目的で研究を始めた。対象をペプチド性シグナル分子に限定した理由としては,容易に単離,構造決定及び化学合成ができ,また,前駆体遺伝子の同定を行うことによりペプチドの発現調節機構の解析までもが可能であることによる。この新しいアプローチ方法は下記の4段階に分けて推進した。(1)ペプチド分離大量に培養したチクビヒドラ(Hydra magnipapillata)からペプチド性画分を分画した。本研究では,ヒドラからのペプチド性成分の抽出には熱酢酸法及び冷アセトン法の2種類の方法を試みた。次に,HPLCを用いて系統的にペプチドを分離精製した。この段階では生物活性検定を行わない。(2)活性スクリーニング 各精製ペプチドにつき, Differential Display(DD)-PCR法(Liang and Pardee, 1992)を用いて,ヒドラの遺伝子発現パターンに変化を与えるペプチド(シグナル分子)を選択した。出芽や再生などの形態形成に際しては様々な遺伝子の発現が起こっていると考えられる。そこで分離精製したペプチドでヒドラを処理して4時間または20時間後にmRNAを抽出した後cDNAを作成し,ランダムなプライマーを用いてPCRで増幅し,電気泳動によるバンドパターンを無処理ヒドラのものと比較してmRNAの発現様式が変化したものをピックアップした。(3)構造決定及び化学合成 (2)でシグナル候補分子であると思われるペプチドにつき,アミノ酸配列分析,アミノ酸分析及び質量分析を行い,ペプチドの構造を推定した。推定した構造をもとにペプチドを合成した。そして,合成ペプチドと天然物とのHPLC上での挙動を比較し,一致したらその構造が正しいと判定した。(4)生体内機能検定 最終段階では,構造決定し,化学合成したペプチドを用いてヒドラにおける生物活性を調べた。第1章では,本法により現在までに329種のペプチド性と思われる物質を単離し,200種のアミノ酸配列分析を行い,45%(56/124)のペプチド性物質にヒドラの遺伝子発現に影響を及ぼす活性がみられた。この結果から,単純に計算して,ヒドラ組織中には約600種のペプチド性シグナル分子が含まれていることを示す。また,DD-PCR法を用いたスクリーニングの方法は,数多くのペプチド性シグナル分子と思われる物質を効率よくスクリーニングすることができることが示された。現在までに27種のペプチドの構造を決定しており,これらペプチドのうち,ペプチド族を形成する2つのグループを同定した(表1)。ひとつはLWamide族ペプチド(LWamides)で,これまでにヒドラから7種の同族体を単離,同定している。LWamidesの構造上の特徴として,C-末側にGly-Leu-Trp-NH_2構造を共通に持つ。Leitzら(1994)によりイソギンチャクから単離,同定され,海産のカイウミヒドラのプラヌラ幼生変態を促進する生理活性ペプチドMetamorphosin A (pGlu-Gln-Pro-Gly-Leu-Trp-NH_2)(MMA)もこのペプチド族に属する。もう1つはPW族ペプチド(PWs)で,このペプチド族は現在までにどの動物門からも単離されていない新型のペプチド族であった。これまでにヒドラから4種のPWsを単離,同定した。4種のペプチドは,5残基から8残基のアミノ酸残基からなり,共通構造としてC-末側にLeu(or Ile)-Pro-Trpを持つ。また,PWsのHym-33H (Ala-Ala-Leu-Pro-Trp)を除く3種のペプチドはN-末側から2残基目にPro (X-Pro)を持つ構造をしており,このことは,これらペプチドが分解酵素により分解されにくく,比較的安定な構造のペプチドであることを示唆する(Carstensen et al., 1992)。Hym-330,Hym-346と仮に名付けたペプチドは,Hoffmeister (1996)によりヒドラ(Hydra vulgaris)から足部再生を促進する活性を持つ因子として同定されたペプチドpedin,pedibinとC-末のGlu残基を欠く構造と同一のペプチドであった。

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RT @pacifier : 刺胞動物ヒドラの生理活性ペプチドの同定及びその機能の研究http://ci.nii.ac.jp/naid/110000482318/
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