著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.141-180, 1996-04-25

今回のサーベイは,世界が急速に単一市場化し,しかも日本人の賃金は,欧米の2〜3倍,アジアの10倍という状況のもとで,どうしたら日本企業がブレークスルーを見出し,日本経済全体が世界の中で生き残っていくかという,危機的な問題意識から行われた。まずいま世界中が注目している中国の経済成長についてその実態をみるべく8月下旬から9月上旬にかけて上海の企業経営者のインタビューを行った。社会主義市場経済の実態を知るべく,合弁企業3社,郷鎮企業2社,国有企業1社をみた。またその中国を中心にして急変するアジア市場に,いままでとは全く違った新しい,柔軟な発想で進出する野村グループに焦点を合わせて,3社のインタビューを行った。さらにこの激変する市場に対応する日本企業のオピニオンリーダーたる同友会幹事や現実にむずかしい経営を迫られている典型産業たる機械製造業社長や,企業と異なった経営理念をもつ農協理事長にインタビューした。これらいろいろ方面の異なったリーダーにインタビューすることによって,日本経済の生き残りの道が少し見えてきた。アジアの国々の企業と比べて平均して,技術力が1.2倍,組織力が1.2倍,賃金調達力が1.2倍,勤勉さが1.2倍……にすれば(1.2)^n = 10以上という力を発揮することができ,世界の単一市場の中でも競争できるのではないかということである。巷間言われているように,単に日本企業のハイテク化では生き残れないということがよく分かった。上海市は, 1993年現在,人口約1289万,GNP1510億元,外国からの投資額7千万米ドル,経済成長率14.9%と急成長している中国最大の経済都市である。その地区は,13の市街地区,6つの準市街地区と,新たな工場誘致をすすめる浦東地区の3つに分かれており,10年後は香港をしのぐ,中国一の貿易,金融,情報センターになることを目ざしている。中国政府の改革開放政策の中心原則たる社会主義市場経済の成果が,現在最も顕著に現われている地域である。3年前筆者が天津に経営者インタビュー・サーベイに行ったときは,社会主義市場経済は単なるスローガンだった。今回は,それが実践・実行され,社会主義という統制の下で,経済取引は自由に行われ,経済効率の向上という面からは非常に成功しているのに驚いた。たとえば上海市の高速環状道路は5年計画で建設がはじまったが,実際は2年で完成したという。日本のように土地買収,日照権,騒音公害などの問題がないからである。土地が国有だから住民を国家権力でどこへでも移住させられる。建設工事も24時間作業の突貫工事で行われている。労働者も四川省などの内陸部の農民籍の出稼者であり,4年たてばまた故郷へ帰らされる。上海で働いている間は,比較的高い賃金をもらい,技術もある程度習得できるので勤労意欲も高い。これらは社会主義の計画経済の原則から定められた規制である。しかしこの工事を請負う建設会社は外資合弁企業でもよく,賃金,資材の調達は全く自由であり,また多くの免税特典が与えられ,経済効率は高い。しかしこの経済自由の原則は,ときどき,社会主義の原則を破ることもある。外資合弁の私企業が工場を拡大するために,予定敷地内にある公立の中学校を別の土地に移すこともある。日本では全く考えられないことである。環状道路内側の国有企業は,その土地の利用権を高く売って,郊外の安い土地に移り,その差額を賃金源にすることもできる。一方,逆に社会主義の原則が経済自由の原則を破ることがある。国有企業は経営が苦しくなると借入金返済免除という「徳政令」をうけることができる。こんなことは日本では考えられない。また若い技術者は地方へ移籍してもまた上海へ戻ることができるが,50歳以上の人は外部へ移籍すると戻ってこられない。社会主義の原則が自由経済の底にある居住の自由という基本的原則までおかしている。このように社会主義の原則も市場経済の原則も,経済効率の向上という大目的の前には,その都度都合よく変形され運用されている。このことによって上海は,われわれ日本人の考えられないような速さで成長している。ついこの間まで,日本人はせっかちで,中国人はのんびりだというのは,上海に関する限り当てはまらないようである。このままの政治体制が10年つづけば,上海は香港を技いて中国最大の貿易,金融,情報都市になることは間違いないようである。〈中国関係〉[上海新晃空調設備];合弁企業の日本人の責任者の賃金は,中国人の責任者のそれの50倍にもなる。日本人は二重生活で住居費も高いから理くつでは理解できるが,中国人には不満である。[上海尼賽拉傅感器];償却費を計算しても,自動機械のほうが手作業より3倍効率がよい。[上海三菱電梯];日中の経営者の賃金格差は頭では理解できても気持の上では納得できない。中国の従業員の賃金決定要因は年齢,貢献度,職場,学歴で,そのウェイトは1:3:2:4。日本からの鋼材,図面は米国型で,欧州型の中国人にはなじめない。[上海無綫電一廠];資金不足が深刻である。環状線の外側の安い土地に出ていって差額を得る。従来100%だった退職金,年金の負担を25%に減らしてもらった。あとは政府がもつ。国営銀行からの借入金の返済を免除してもらう「徳政令」を求める。その代り国営銀行に相当額の株式をわたす。[昆山市周庄鎮農工商總公司];賃金は都市労働者の半分くらい。しかし仕事のあるときは働き,ないときは農業をやる。それでパートではない。賃金,技術,人材が少ないので大企業,外資企業と提携したい。[〓昆光電技術];幹部技術者が不足する。しかし上海から50歳以上の人に来てもらって戸籍を移すと,再び上海へ帰れないという規則がある。投下資本利益率30%,株式の80%は農民所有。利益の60%を配当にまわしているが,農民は配当より,その再投資による経営のさらなる発展を望んでいる。〈野村関係〉[野村證券];日本の豊かになった金融資産をベースにして,インベストメントバンク,銀行,証券の業務を統合した新証券業を考える。ベンチャー企業への投資,ベトナムの電力スキームの建設援助,工場団地の建設に参加する。株式売買手数料にだけ依存していてはジリ貧になる。[日本合同ファイナンス];ベンチャーキャピタルを経営していくには,いままで日本人にはなかった不平等主義,金儲け賛成の新しい考え方がまず必要。次に将来有望な投資先をたえず見つけ続けるには,技術を通じて人脈をつくれる人を集めることが最も重要。[野村不動産];不動産業も使い手が国際化すると新しい国際基準で動く。不動産業者は土地やビルを所有せず,開発・建設だけを行う。投資家が金を出す。不動産業者がショッピングモールを建設し,同時に不動産投資信託会社をつくり,これがその不動産を小口証券化し,それを年金基金など金融機関に売る。[篠山町農協]:農家はすべて兼業農家であり,農民は農産物ばかりでなく,工業製品やサービスを生産して生活している。[ウシオ電機];中国の経済発展に刺激されたアセアンの急速な自由化に日本は戸惑っている。日本の硬直化した企業内ピラミッド組織,業界型・ミニマムルーザー型の産業構造では対応できない。[JUKI];コスト削減のためにはベトナム進出が最も期待できる。ベトナム人は器用で,勤労意欲が高く,日本人と波長が合う。ミシン以外に表面実装装置などのエレクトロニクス応用新製品開発に力を入れている。

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こんな論文どうですか? 社長および各界リ-ダ-のインタビュ-・サ-ベイ(23)--上海新晃空調設備有限公司総経理,上海尼賽拉伝感器有限公司総経理,上海三菱電梯有限公(清水 竜瑩),1996 https://t.co/wviVjTsbFh 今回のサー…
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