著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.141-180, 1996-04-25

今回のサーベイは,世界が急速に単一市場化し,しかも日本人の賃金は,欧米の2〜3倍,アジアの10倍という状況のもとで,どうしたら日本企業がブレークスルーを見出し,日本経済全体が世界の中で生き残っていくかという,危機的な問題意識から行われた。まずいま世界中が注目している中国の経済成長についてその実態をみるべく8月下旬から9月上旬にかけて上海の企業経営者のインタビューを行った。社会主義市場経済の実態を知るべく,合弁企業3社,郷鎮企業2社,国有企業1社をみた。またその中国を中心にして急変するアジア市場に,いままでとは全く違った新しい,柔軟な発想で進出する野村グループに焦点を合わせて,3社のインタビューを行った。さらにこの激変する市場に対応する日本企業のオピニオンリーダーたる同友会幹事や現実にむずかしい経営を迫られている典型産業たる機械製造業社長や,企業と異なった経営理念をもつ農協理事長にインタビューした。これらいろいろ方面の異なったリーダーにインタビューすることによって,日本経済の生き残りの道が少し見えてきた。アジアの国々の企業と比べて平均して,技術力が1.2倍,組織力が1.2倍,賃金調達力が1.2倍,勤勉さが1.2倍……にすれば(1.2)^n = 10以上という力を発揮することができ,世界の単一市場の中でも競争できるのではないかということである。巷間言われているように,単に日本企業のハイテク化では生き残れないということがよく分かった。上海市は, 1993年現在,人口約1289万,GNP1510億元,外国からの投資額7千万米ドル,経済成長率14.9%と急成長している中国最大の経済都市である。その地区は,13の市街地区,6つの準市街地区と,新たな工場誘致をすすめる浦東地区の3つに分かれており,10年後は香港をしのぐ,中国一の貿易,金融,情報センターになることを目ざしている。中国政府の改革開放政策の中心原則たる社会主義市場経済の成果が,現在最も顕著に現われている地域である。3年前筆者が天津に経営者インタビュー・サーベイに行ったときは,社会主義市場経済は単なるスローガンだった。今回は,それが実践・実行され,社会主義という統制の下で,経済取引は自由に行われ,経済効率の向上という面からは非常に成功しているのに驚いた。たとえば上海市の高速環状道路は5年計画で建設がはじまったが,実際は2年で完成したという。日本のように土地買収,日照権,騒音公害などの問題がないからである。土地が国有だから住民を国家権力でどこへでも移住させられる。建設工事も24時間作業の突貫工事で行われている。労働者も四川省などの内陸部の農民籍の出稼者であり,4年たてばまた故郷へ帰らされる。上海で働いている間は,比較的高い賃金をもらい,技術もある程度習得できるので勤労意欲も高い。これらは社会主義の計画経済の原則から定められた規制である。しかしこの工事を請負う建設会社は外資合弁企業でもよく,賃金,資材の調達は全く自由であり,また多くの免税特典が与えられ,経済効率は高い。しかしこの経済自由の原則は,ときどき,社会主義の原則を破ることもある。外資合弁の私企業が工場を拡大するために,予定敷地内にある公立の中学校を別の土地に移すこともある。日本では全く考えられないことである。環状道路内側の国有企業は,その土地の利用権を高く売って,郊外の安い土地に移り,その差額を賃金源にすることもできる。一方,逆に社会主義の原則が経済自由の原則を破ることがある。国有企業は経営が苦しくなると借入金返済免除という「徳政令」をうけることができる。こんなことは日本では考えられない。また若い技術者は地方へ移籍してもまた上海へ戻ることができるが,50歳以上の人は外部へ移籍すると戻ってこられない。社会主義の原則が自由経済の底にある居住の自由という基本的原則までおかしている。このように社会主義の原則も市場経済の原則も,経済効率の向上という大目的の前には,その都度都合よく変形され運用されている。このことによって上海は,われわれ日本人の考えられないような速さで成長している。ついこの間まで,日本人はせっかちで,中国人はのんびりだというのは,上海に関する限り当てはまらないようである。このままの政治体制が10年つづけば,上海は香港を技いて中国最大の貿易,金融,情報都市になることは間違いないようである。〈中国関係〉[上海新晃空調設備];合弁企業の日本人の責任者の賃金は,中国人の責任者のそれの50倍にもなる。日本人は二重生活で住居費も高いから理くつでは理解できるが,中国人には不満である。[上海尼賽拉傅感器];償却費を計算しても,自動機械のほうが手作業より3倍効率がよい。[上海三菱電梯];日中の経営者の賃金格差は頭では理解できても気持の上では納得できない。中国の従業員の賃金決定要因は年齢,貢献度,職場,学歴で,そのウェイトは1:3:2:4。日本からの鋼材,図面は米国型で,欧州型の中国人にはなじめない。[上海無綫電一廠];資金不足が深刻である。環状線の外側の安い土地に出ていって差額を得る。従来100%だった退職金,年金の負担を25%に減らしてもらった。あとは政府がもつ。国営銀行からの借入金の返済を免除してもらう「徳政令」を求める。その代り国営銀行に相当額の株式をわたす。[昆山市周庄鎮農工商總公司];賃金は都市労働者の半分くらい。しかし仕事のあるときは働き,ないときは農業をやる。それでパートではない。賃金,技術,人材が少ないので大企業,外資企業と提携したい。[〓昆光電技術];幹部技術者が不足する。しかし上海から50歳以上の人に来てもらって戸籍を移すと,再び上海へ帰れないという規則がある。投下資本利益率30%,株式の80%は農民所有。利益の60%を配当にまわしているが,農民は配当より,その再投資による経営のさらなる発展を望んでいる。〈野村関係〉[野村證券];日本の豊かになった金融資産をベースにして,インベストメントバンク,銀行,証券の業務を統合した新証券業を考える。ベンチャー企業への投資,ベトナムの電力スキームの建設援助,工場団地の建設に参加する。株式売買手数料にだけ依存していてはジリ貧になる。[日本合同ファイナンス];ベンチャーキャピタルを経営していくには,いままで日本人にはなかった不平等主義,金儲け賛成の新しい考え方がまず必要。次に将来有望な投資先をたえず見つけ続けるには,技術を通じて人脈をつくれる人を集めることが最も重要。[野村不動産];不動産業も使い手が国際化すると新しい国際基準で動く。不動産業者は土地やビルを所有せず,開発・建設だけを行う。投資家が金を出す。不動産業者がショッピングモールを建設し,同時に不動産投資信託会社をつくり,これがその不動産を小口証券化し,それを年金基金など金融機関に売る。[篠山町農協]:農家はすべて兼業農家であり,農民は農産物ばかりでなく,工業製品やサービスを生産して生活している。[ウシオ電機];中国の経済発展に刺激されたアセアンの急速な自由化に日本は戸惑っている。日本の硬直化した企業内ピラミッド組織,業界型・ミニマムルーザー型の産業構造では対応できない。[JUKI];コスト削減のためにはベトナム進出が最も期待できる。ベトナム人は器用で,勤労意欲が高く,日本人と波長が合う。ミシン以外に表面実装装置などのエレクトロニクス応用新製品開発に力を入れている。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.39-78, 1995-04-25

今回のサーベイは. 1991年を境にして,それまでの成長イソフレ期から成熟デフレ期に移った日本経済,そして世界の物価の2倍以上にもなる高物価に浸っている日本経済,のもとで行われた。成熟デフレ経済,内外価格差2倍という経験は,未だ日本人が経験しないものであり,企業経営者は,いま必死になってサーバイバルの方向を探っている。この必死の努力をより明確にするため,今回は特に,成長インフレ期にインタビューを行い,しかもそのときの社長がそのまま経営者の地位についている企業や,長期の不況でやや苦しくなっている企業を選んでインタビューを行った。長期不況期における経営者の考え方,行動を立体的にとらえるためである。この時点で共通している問題は,中間管理者の人件費増と,海外進出によるグローバルな相互依存関係の強化である。<食品・サービス関係>「石井食品」;内外価格差が拡大し,豚肉より安い牛肉があらわれ,従来の生産技術を変えなければならなくなった。単身世帯がふえたため,食品はつくったときより食べるときおいしいのがいい。人事評価としては,このような変化に対応できる人を高く評価する。「すかいら-く」;自分で努力していることに満足しているうちに,いつの間にか競争店と比べて価格が高くなってしまった。既存店の半数を「ガスト」に転換するのは相当不安であったが,品数の絞り込みによる技術生産性向上で好決算になった。お客の満足という条件の下で業績の向上をはかれる店長を高く評価する。「モスフードサービス」;会長自身の「人を仕合せにしたい」という思い入れが少くなったため,安易な出店がなされアメリカ進出は失敗した。円高で仕入価格が相対的に割高になる場合がおきても,そのまますぐ取引を中止することはない。いろいろアドバイスをする。日本人と中国人の考えの違いから中国へは試行錯誤で少しずつ進出する。信頼できる人が現れるまで待つ。ものごとの存在意義を理解し,すぐ行動する,挑戦意欲の高い人を評価する。<アパレル関係>「吉野藤」;問題点は,円高によって,品質のよい輸入品の単価が急落し,売上減になったこと。これに対処するためには,人件費の削減と納期短縮とがある。これからのアパレルは品質より納期が大切。個人で顧客をもっている呉服関係の人間は自分で判断して稼げ。課長には30歳までに,部長には50歳までになれなければ給料を下げる。「いなきや」;商品単価,客数,客1人あたり購買数の減少によって,3年連続の減収・減益。右上りの経済がなくなったので店舗数拡大による売上増は不可能。価格破壊はステープルグッズよりファッショングッズで大きい。小売よりメーカーのほうに情報がある。安易な賃金,人員カットは行わない。ただ複線型賃金体系の導入は考えている。「小杉産業」;3年連続の円高・デフレのため海外進出せざるをえない。空洞化に対して,形態安定技術などの技術革新,シーズン中に追加注文できるクィック・レスポンス・システムの構築が必要。安定したブランドでは,昨年売れたものの7割は今年も売れるし,ブランドごと色調,トーンは安定しているから,売れ筋の予測は大体できる。「しまむら」;買取り仕入れが不可欠。価格破壊という言葉は意味がない。国際相場が正しい価格である。全国展開する場合の品揃えには2つの考え方がある。その地域の需要の全部をとるつもりなら地域性を考えた品揃えが必要であるが,柱だけとるなら地域性は考えなくていい。現在はテレビの影響で東京発のファッションがすべて正しい。パートから上った中年女性は非常に優秀であり,これを店長にしている。<機械・電機関係>「マツダ」;部品メーカーは,前回の円高の時はコスト削減で切り抜けたが,今回は海外進出・グローバル化せざるをえなくなった。自動車メーカーにとっては,これら海外進出した部品メーカーからの調達はそのままコスト削減になる。また多くの車種に共通した部品や,新しい車種にそのまま使える部品を使うことによって,品質が良くて安い部品を調達できる。「TDK」;最大の問題は,3年連続の減収・減益の中での余剰人員。右上りの成長がとまれば主流からはずれる人は多くなる。この人達にどうやって意欲をもたせるかが問題。本社は20人くらいで十分。少数にすれば精鋭になる。中国人は商売の人,日本人は製造の人で肌が合わない。これからは進出先がダメなら屋台ごと設備を他国へ移してしまう"屋台製造業"でいい。「リコー」;現在のマクロ問題は,日本人が誰も経験したことのなかった成熟デフレ時代になったこと,日本のあらゆるものの価格が世界のそれの2倍になったことである。いま規制緩和・輸入拡大が言われているが,そのうちに輸出するものがなくなってしまう。日本は高度工業化社会にならなければならない。中間管理者の余剰人員は,企業グループ内にたえず受け皿をつくり,いつでも出向,出向戻しができるようにする。<金融関係>「秋田銀行」;問題点は,県内人口の減少,県民所得水準の低さ,県内金融機関同士の競争激化。堅実経営に徹し,新金融商品や,中国・ソ連への進出はやっていない。支店長の評価はその人材育成によってみる。部下にジョブローテイションを行い,その後研修センターに出席させ,その能力開発度によって,その上司の育成能力を評価する。「大垣共立銀行」;顧客の信頼をうることが最大の問題。銀行との取引を自慢し,次の子供の代の経営まで頼んでくる顧客がいい。そういう信頼関係から必要な情報が生れてくる。祖父の代から地銀頭取の家であり,地域に密着した地銀の体質が身についている。エブリディバンキングを日本ではじめて行った。ただ地域に密着しただけでは偏るので外部役員の導入が必要。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.37, no.3, pp.55-81, 1994-08-25

今回のサーベイでは,戦後はじめての長期不況に対して各企業が,それぞれどのような固有な問題を持ち,その対処策として,それぞれどのような強み,特に主力製品の強みに集中して,問題を解決しようとしているかを調査するものである。この不況への対処策として各社の社長が共通に考えていることは,人事評価の革新による,組織の活性化であることがわかった。過去の経験から一番手の商品以外は生き残れないことを知り,今は一番手になる新製品の開発にだけ力を入れる。企画マンと営業マンとが議論して目標数値をきめ,営業マンはもちろん,企画マンもその達成値によって人事考課される(メルシャン)。今まで自動車メーカーの特注測定器だけをつくってきた。これからは標準品をつくっていく。リサーチ用機器には技術優位性があるから,円高でも輸出市場で,まだ値上げの余地がある(小野測器)。オリジナリティ,クリエイティヴィティを重視する企画提案型製造小売業になる。企画担当マネジャー,デザイナーの育成を重視する。人事評価では,価値ある失敗を価値なき成功より高く評価する(キャビン)。製品ドメインを国際化にさらされる部分と,さらされない部分にわける。前者では今までの仕組みを保護規制から自由化への関連で深く考える。後者では収益強化の新しい仕組みを考える。人事評価は上に行くに従って能力主義から実績主義に変える。ネアカの人間を高く評価する(明治乳業)。問題点を内と外の2つにわける。前者は大企業病であり,後者は報復関税など国際的政治経済問題である。前者には長期的な組織制度の開発が必要であり,後者には短期的な対症療法しかない。人事評価の中心は能力開発であり,具体的には,前後工程を学ぶ交叉訓練と,上司をとりかえることによる教育とがある(セイコーエプソン)。時計,メガネはその心臓部は大企業にしかできないが,付加価値を高めるフレームなどの部分は零細企業がつくるという,非常に特殊な製品である。この心臓部とフレームをコントロールするのは卸売業である,と自社の強みを浮きぼりにする。バブル崩壊は3年で安定すると予測する。海外派遣人間はネアカを第1条件にする(服部セイコー)。問題点はいくつかあるが,増収増益をつづけているため,長期的な中間管理者の人事評価が問題の中心になる。製品ごとのブランドマネジャー制をひいているため,その人事評価基準は「経営者としての資質」の改善である。社長が全中間管理者170人1人ひとりに面接し,減俸までも相手に納得させる(日清食品)。問題点は,値頃感と品質のよい商品を調達・開発することと,時間欠乏症の顧客に対して,対面販売ではない,セルフサービス方式の導入など,従来の百貨店構造を変えることである。人事評価は,上司,部下,同僚の3者が行う。またプロジェクトに対しては,企画と執行とを同一者に担当させて実績評価する。企画者と執行者を別々に評価しない(三越)。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.109-160, 1998-06-25

1997年7月から1998年3月までの間,海外では香港,タイ,韓国,インドネシアなどの通貨・経済不安が急速に広がった。国内では北拓銀の倒産,山一証券の自主廃業,大蔵官僚・日銀職員の汚職・逮捕,消費低迷の深刻化などが次々に起き,日本経済はその根底からの大転換の時期を迎えたようである。今回の変化はいままでの経済的な,フィジカルな産業構造の変化ではなく,その底にある人々の生き方,考え方に大きな変化が,起こってきたように思われる。そこで今回はインタビューの対象は,大企業ばかりでなく,一部,中堅企業,病院,地方自治体などに広げてみた。なぜ学生がのべつ携帯電話でお互いに呼び合い,漫画本ばかり読んでいるのか。なぜ中学生がすぐキレて教師をナイフで刺したりするのか。人々は人生についての長い目標を失ってしまったのではないか。いままでは一流大学,一流企業,安定した生活という一つの暗黙の目標およびそれを達成するための手段がはっきりしていた。いまは一流企業もダメ,高級官僚もダメとなって,人々は生きていく目標を失ってしまう。さしあたりの楽しみ,安心以外に求めるものが見出せないのではないか。インタビューの結果,これら産業の業種,民・官の差にかかわらず,そのリーダーはこの政治・経済の変化の底に流れる人々の意識の変化に対応した方策を考えるようになってきた。いまの人々の考え方はテレビで代表されるバーチャル・リアリティをヴェリ・リアリティ(真実のもの)と考え,行動するようになった。政治家もテレビにでるタレントあがりが多く,学者もテレビによく出る人,新聞雑誌によく出る人が評価される。人間に求められる内省,長期的視点,愚直さがなくなっている。ただ経営者はそれを嘆いてばかりいられない。自分達の強みの上にのって,従来と違ってきた,その短期的,表面的な楽しみを求める人々の欲求をさしあたり満足させていかなければならない。その共通の対処策は,「従来の強み,コアコンピタンスはそのままにして,その周辺で従来の常識ややり方を全面転換し,たとえ増収できなくとも増益を確保する」方策のようである。そして,ベンチャー,地域密着,楽しさ,コンビニ,ハイテク,倫理性,市場競争,アングロサクソン型経営,常識を変える,コアコンピタンス,減収増益などのキーワードを使って新しい方向に出ようとしている。<金融・保険関係>[興銀]これからはホールセール,グローバルバンキングの方向に向かう。具体的には証券業進出によるインベストメントバンク機能の強化に力を入れる。拓銀,山洋証券の倒産は,不効率な金融機関は脱落していくというアングロサクソン型経営のデファクトスタンダード化の実例である。強い銀行でありつづけるには,明確な戦略,進取の気象,たえざる革新が必要。特にたえざる革新とそのスピードアップ化が重要。銀行は安定産業でなく成長産業である。[静岡銀行]地域密着,リーテル化強化。そのために200店舗の効率化をはかる。コア店とサテライト店にわけ,前者にスペシャリストを配置し,後者は取り次ぎ業務だけにする。人材は,単なるスペシャリスト,ジュネラリストではなく,2〜3部門のスペシャリストであると同時に,他のことを知っているジェネラリストに育成することが大切。ベンチャー育成には投資,融資に分ける。前者は当たれば株価は数十倍に上昇するから6回に1回ぐらい当たればいい。後者は一発勝負だから慎重。その評価基準は,経営者の過去の経営の仕振り,銀行への対応の仕方でみる。[東京海上]ビッグバンに対して物的な革新より人間の革新に力を入れる。「お客様にえらればれる会社になろう」という,企業倫理を中心にした経営理念を明確にする。具体的には,事故がおきて気が動転している顧客に対して徹底的に親切にする。生保への参入では,医療,介護,疾病の3つを1つにした割安な保険を売りはじめた。またお客様の条件から,これだけ保険をかけておけば十分というときはそれ以上ムリにすすめない。グローバル戦略としては再保険に力を人れるが,再保険にはテイルの長い悪い保険がある。ALMなどの技術の高度化でこれに対応しなければ損のでる可能性がある。<製造関係>[東芝]総合電機メーカーの最大の問題点は,このままの業態で存続しうるかという根元的なものである。多数事業のうちどこの事業からどのように撤退するかが重要な問題,撤退のためには価値の優先順位の共有,情報の共有が不可欠。それを束ねるのが経営者の役割。たとえば撤退事業を決めるとき,労働消費型事業は儲かるものではないという価値観を役員がみな共有する必要がある。また撤退の方法も大切。誰も自分の担当してきた事業はやめたくない。まずアライアンスで外部に肩代わりさせ,誰も気がつかないうちにそーっと撤退する。そして強い事業を強化し,弱い事業から撤退する。[荏原製作所]企業家精神の旺溢した会長と,管理者精神に優れた社長の組合せで,典型的な優良トップ構造をもつ。しかも社長は技術を最重視する。現在の大不況に対して,人件費削減などによるコスト削減策でなく,精密・電子などの新製品開発に注力する。ゴミ処理について,ダイオキシンは400℃で再化合するので,500℃以上の高温を維持したまま処理する,他社にまねられない革新的装置を開発した。[中外製薬]バイオテクのR&Dに注力する。このR&Dには,4つの特徴がある。すなわちターゲットを絞る,研究開発ツールの充実,分散化した研究体制による異なった発想の結合,撤退基準を予め決めておく,の4つである。この中で特に力を人れているのは,バイオテクの中の物質の結合シミュレーション技術の開発や,純粋実験動物の養育である。また研究所を外国にまで分散配置して,欧米に通用するプラットフォームを構築する。撤退はカネのかかる前臨床段階でPPMなどを参考にしてきめる。[明治製果]大変革に対処するには,Extravalue operation, low cost operation, globalized ooerationの3つの考えが重要。extravalueについては,商品価値=商品+情報であるから,正しい情報をたえず発信することによって,消費者満足を増大させる。low costについては,迅速な意思決定によって財務体質の向上をはかったり,新製品開発にあたっては既存の機械をまずみて,それで生産できるものを考えたりする。globalizedについては,日本人の味覚と外国人の味覚は徹妙に違うから,周辺に市場のあるところに海外工場をつくる。[ベンカン]官僚の介入が市場自由競争の効率を低下させている。彼等の行政哲学は「広く,あまねく,公平,平等」である。この哲学は戦後傾斜生産などで経済運営の効率を高めたが,現在は「左足が出すぎて」効率が低下した。財界は自由競争と公平・協調の2つの旗をかかげる。2つの原理を考えながら,右,左と足を出すべき。中小企業はアジア経済の大津波をうける恐れがある。対処策には,撤退,縮小均衡,第2の創業の3つがある。前2者は失業をまねくからダメ。第2の創業には人材,低利の長期安定資金,コアコンピタンスにつながる新規事業が重要。<地方自治体・病院関係>[山口県]人口減少とか所得の相対的低さは問題ではない。「生活を楽しくする」という基準からみて,それに反するものが問題点である。具体的にその問題点をどうやってとらえるのか。「しっかり聞いてしっかり実行」という経営理念をかかげて,たえず現場まわりをする。それでも意思決定は遅くならない。何故ならば県民の大多数が関係する問題は多数決できめるが,大枠の決まっている個別プロジェクトは知事の判断でゴーをいうから。昨年は300の事業をスクラップにし300の事業を起こした。ベンチャー起こしは全面的にバックアップする。[河北病院]いまや医療産業は,1位の建設,2位の娯楽産業についでGDPの6%をしめる第3位の産業。これが効率的に機能するには「市場化」が不可欠。ただそのためには倫理観の確立,たえざる評価,徹底した情報開示が重要。これを実現するため,地域密着の,患者さん中心の医療に全力投球している。「安心して,いつでも何でも相談できる医療機関」でありたい。患者中心とは,医療,看護,介護が1つの窓口で行われること,さらに長期的な視点にたって医師,看護の教育に力を入れることである。<通信・運輸,小売関係>[NTTデータ通信]いままでは官公庁との随意契約であったため利益が安定していた。またいままではコンピュータシステムを構築するときはコンピュータメーカーに発注しソフトまでつくってもらっていたため,ソフト会社はハード会社に隷従していた。いままで利益がでていたのは,NTT時代からの過去の遺産による。これからは競争入札になる。新しい市場競争に勝つためには自らエディティングテクノロジーを強化し,また新しい視点にたったリサイクル型システムの開発に力を入れる。ある1つの基盤技術だけでなく,他の法律,デザイン,経営などを加えた融合技術に創造性を発揮する人間を高く評価する。[東京いすゞ自動車]右肩上りの経済では大量生産・販売が有効であるが,右肩下りの時代にはロットの小さい,強みのある製品,たとえば特装車や修繕業務に注力する。コスト削減のためには,いすゞこの車ばかりでなく,フォード,GMの車も取扱うし,いすゞの車を名前だけ変えて日産アトラスとして売る。組織活性化のためには,転籍,配転によって社員のプロ意識をなくし,アマにする。アマは無限の努力をする。企業全般にわたって活性化・個性化というオーソドックスな経営戦略を展開する。[カンダコーポレーション]いままでのやり方を踏襲して経費削減をやってもダメ。やり方を変えなければならない。運送業から物流業への転換である。物の保管,荷札づけ,在庫管理などの一括受注,途中での荷物の積載,百貨店配送への通販配送の混載などを行う。組織の活性化のためには,「うちの会社」意識の鼓舞,新しい仕事・新しい人の重視,人事評価の客観化が重要。社長は有能でないと言いながら,方向づけだけして,有能な人にこまかい仕事をまかせる。オープン経営はスローガン。個人の性格についての人事評価,市場競争のはげしいサービスの原価などは絶対にオープンにしない。[ファミリーマート]コンビニの基本概念は情報通信に支えられたシステム産業であり「町に帰ってきた小さなお店」である。基本的には消費者の立場に立っているが,裏側には大量生産・大量販売の供給者がいる。裏側が強くなりすぎると人間味がなくなる。いまのところコンビニは,現在の生活目標がはっきりしなくなった人々と,大量生産・販売する大企業とを結びつける数少ない好況業種の1つであり,問題は小さい。将来,医薬品への進出,「町の金融」への進出など問題のでる可能性はある。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.38, no.5, pp.117-160, 1995-12-25

今回のサーベイは,次のような環境の下で行われた。1〜4月頃までは景気は回復基調にあると,政府,ジャーナリストに言われていたが,実態はそれ程回復せず,6月になったら足踏状態と言わざるをえなくなり,各企業の経営者は一般論的なリストラ,リエンジニアリングでは対応できなくなった。各企業経営者の対応は各企業ごとの強みを強化し,弱みから思い切って撤退すること,すなわち個性化の一層の深化に力を入れていることである。その個性化の方向を的確にとらえるために,一歩踏み出して情報を収集し,迅速な対処行動をとる。この個性化,積極的情報収集・迅速な行動がこの期の特色である。金融機関のように独自の個性化を出し難いところは,以前よりましてきめ細かな資金管理に力を入れている。また今回の調査には,積極的な経営を行っている,一般企業とは異なった農協についても調査した。農協と一般企業の経営の仕方の最も異なるところは,前者の経営の目的が赤字にならないという制約条件の下で社会的貢献を最大にするのに対し,後者は一定の社会貢献,企業倫理の制約の下で利益・成長を最大にすることであった。<大学>早大総長は,大学の変革は非常に難しいという。民主的手続き・根本的・百年の計という口実で改革に反対する。これに対して従来の延長ではなく,大学の理想をかかげて予算の傾斜配分を行い,突出部分を育てていく。人事で中途採用は易しいが中途追放は難しい。<製造業関係>[大日本印刷];海外進出の必要はない。自社の強みは,顧客の近くに立地していること,シャドウマスクの製造などは装置産業であって人件費に関係ないからである。[宇部興産];従来から事業部ナショナリズムが強かった。個性化をすすめるために,強い事業部はさらに強く,弱い事業部からは撤退する。人事は公平に,財務はアンバランスに,をモットーにする。[東京製鐵]:高炉メーカーとの競争激化。高炉メーカーが価格維持をはかっている分野に進出して,逆に高価格品を売る。当社の1人当りの生産性は5,000トン,高炉メーカーは700トン。十分に競争できる。[日製産業];技術水準が高く海外で生産できない製品は値上げする。日本以外でできるものは生産中止。異能の個性的な人間は1人で仕事をさせる。それをトップが長期的に支援する。[大正製薬]:リポビタンDを中心に大衆薬の販売促進や,新しい効果をもった大衆薬の開発に力を入れる。この大衆薬の研究開発,販売促進にはつねに社長が直接指揮をとる。社長のチェックポイントはあくまで生活者の立場からであり,その薬の将来の発展性がその立場からチェックされる。[大塚製薬];研究所が独創的,革新的な製品を開発できないのは,研究組織中央の大きなミッションに力があるすぎること,および,専門研究者がその専門にこだわりすぎること,とによる。これからは遺伝子研究所に注力する。遺伝子によって発ガン性物質をコントロールする酵素の発生が異なるから,個体の病気予防に役立つ。<流通業関係>[丸広百貨店];カジュアル百貨店という個性を明確にし,都心百貨店と,地域DSとの中間をねらう。価格は中間でも感性,品質は高いものを開発する。この戦略を実行しながら情報を収集し,つねに新しい方向を探していく。[名鉄丸越百貨店];百貨店晩めし論強調。スーパーは昼めし。予め価格をきめておいてその範囲内でおいしいものを探す。晩めしは,おいしくて,雰囲気がよく,楽しいことが第1条件。その条件のもとで安いものを探す。またスーパーは不特定多数の客を取扱うが,百貨店は特定多数の客。[花正];まず一歩を踏み出す。そして新しい視点にたち情報をとり,最適な方向をつかむ。最初に成功した着眼点は業務用食材スーパーの展開であり,次に成功した着眼点は中国進出であり,それを足掛りにして世界展開を考えている。<金融・保険関係>[名古屋銀行];土地問題に抜本的なメスを入れなければ,不良債権問題は解決しない。金融自由化の本格化で,金融機関同士の競争は弱肉強食になってきた。対処策は,金を集めるときは運用までも予め考えるALM管理などのきめこまかい金融業務。[明治生命];逆ザヤ現象と金融の自由化というマクロ問題に直撃され,日本の金融は世界単一市場化の方向に自然に流れていく。株式,不動産の含み益がなくなった現在,個性的な戦略はたて難い。長期的な自由化に対処するために,損保,証券スキルの教育に力を入れている。<農協関係>[東伯農協];農協の目的は赤字にならない範囲内で社会的貢献を最大にすることである。社会的貢献,企業倫理を制約条件として利益,成長の最大化を目ざす一般企業とは異なる。そのためには,集約農業,遺伝子融合などの新技術情報・新市場情報を積極的に収集し,迅速に実行する。[大野市農協];制約条件として最低配当率をきめ,そこから逆算して事業計画をたてる。一般企業の経営とは逆である。一農場方式を標榜し農業をやらない農家から農地を借り,農業専門家を雇い,高品質米を生産する。組合長はつねに地域集会に出席し,組合員に接触しこの一農場方式についての理解を求める。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.5, pp.1-21, 1992-12-25
被引用文献数
1

現在日本で高い業績をあげている企業は,個性的な経営を行い,しかも企業全体が活性化している企業である。社長の個性的な哲学が企業文化に深く浸透し,企業経営を個性化,活性化させる。社長のリーダーシップは,経営理念の明確化,戦略的意思決定の迅速化,執行管理の効率化の過程で発揮される。この経営理念は,社長の哲学と企業文化(=組織文化)との積集合としてあらわされる。本論文は,社長を創業者,2代目,生えぬき,天下りの4つのタイプにわけて,社長の個性,哲学が,そのリーダーシップによって,どのように企業文化に浸透し,どのように個性化,活性化を促進するかを検討する。創業者社長がいて,しかも現在急成長している場合,あるいは生えぬきで,しかも社長になる前に日の当らない部署を遍歴してきたため,企業内に多くの同調者をもっている場合,社長の個性は企業文化に浸透しやすい。逆に2代目社長でエリート経歴をもっている場合,あるいは生えぬき社長で,エリートコースを一直線に歩んできた社長のいる場合は,社長の個性が浸透しにくい。天下り社長の場合は,社員が従来の企業文化が環境変化に適応しなくなっていると思っているケースが多く,敵対買収などを除けば,社長の強力な個性が受け入れられやすく,案外,古い企業文化は修正されやすい。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.5, pp.101-136, 1996-12-25

今回のサーベイは,以下のような環境の下で行われた。1月から8月までの8カ月間,住専問題処理を中心に政治は動いた。住専処理は,金融不安を避けるためという口実の下で,6千8百億の税金が処理費として投入されることになった。いわゆる母体行も,農林系金融機関も最後まで責任を負わなかった。住専からの大口債務者は,あれだけの担保土地の下落が突然起れば,どんな経営者でも破産してしまうと,大蔵,日銀などの金融担当者の責任を叫んだが,大蔵・日銀の責任は追及されなかった。一般国民の大蔵省,日銀に対する信頼感は薄らぎ,特にグローバル化及び高齢化社会への政府の対応能力の不足に,はっきり危惧の念をいだくようになった。為替レートが大きく変動すれば,少々の国民の努力,企業努力は無意味になってしまうからである。そこで今回は,為替レートは,一般の経済学で言われるように,はたして経常収支によって動くのか,日本政府の国際対応は的確なものであるのか,また一方,この政府の無策に対して日本企業はどのように変身して対応しているのか,さらに高齢化社会に日本政府は対応できるのかの視点からサーベイを行った。<政治関係>[国際協力事業団]教育,健康こそが新しい安全保障の条件である。南の途上国の安定がなければ北の安定はない。JAICAは直接的に技術援助はしない。派遣される日本人,および現地の人の研修に力を入れ,技術者と現地の要望とをマッチングさせるのが本来の仕事である。[日経ワシントン支局]日米間では今後,政治と安保が問題になる。アメリカは日本を対等な,民主主義の国とは考えていないふしがある。これを修正するためには,日米経済の安定成長と,政治におけるはっきりした行動基準を示す必要がある。[大蔵省元財務官]日米間の経常収支の動きで為替レートが動くわけではない。アメリカの政治による部分が多い。クリントンはそれまで円高カードをちらつかせて,気楽に円高をひっぱっていたが,'95年7月から,いわゆるトリプル安がおき,長期金利の上昇・景気停滞が危惧されると,'96年の大統領選挙をにらんで,途端に円安誘導に向った。[国際金融情報センター]為替レートの決定要因は,結果としての経常収支の累積額ではなく,日米の経済成長の差,金利の差である。今後の国際金融問題は,電子マネーとデリヴァティヴとであり,特に電子決済がすすむと,いままでの通貨主権がなくなってしまう可能性がある。<企業関係>[三菱地所]バブル後,未だかつてない賃貸料,不動産価格の値下りがおきた。百年来つづけてきた方針を変えて値下げ,売却を決断した。これからはディベロッパーマインドヘの意識改革が必要であり,従業員1人ひとりが自ら考える独立自尊の意識が必要である。[信越化学]生産拠点を積極的に海外展開させることによって,為替リスクを分散する。海外拠点設置の基準は,人件費,原材料の安さではなく,カントリーリスクの少ないところ。装置産業であるが,従来の考え方を変え,償却年数以上の使用,旧設備の改良,増設などで需要変動に対応する。[リョービ]変身は漸進的に行う。ダイカストから印刷機械に進むまでの技術関連多角化は漸進的な地続き作戦であり,また人事評価も穏健で漸進的な目標管理制度である。そこでは「仕事の成果」ばかりでなく「指導育成」などの日本的経営の評価項目も残している。[朝日ソーラー]企業家精神が横溢している企業。社長が自分の夢,思いのたけを強調して従業員をひっぱっていく。失敗すると社長は気絶するほど叱るが,ふだんは機会をみて従業員と酒をくみかわし,従業員の話をきく。"自然にやさしい"とか"環境との共生"などは一切口にしない。[リクルート]役員の選出は,各事業部から推薦し,その被推薦者を取締役会で記名投票で3人にしぼり,その中から社長がえらぶ。一般社員は自己申告制度があり,ほとんど希望通りに自分の好きな仕事をえらべる。これらが,リクルートの組織の柔らかさの原因である。[東陶]高齢化社会に対応するため,専門技術の結集,コミュニケーションの向上による需要増,高齢者が必要に応じて働けるという新しいテクノ・エイド構想をすすめている。無限に変わる人々の欲求に合わせていけば,需要はつねに創造される。[青梅慶友病院]子供が親をみるという遺伝子は生物の本能の中にない。超高齢化社会になっても子供は親に金を出したがらない。従来の病院は検査,投薬づけにしなければ金が入らない。老人地獄。自分の親だったらこうしたい,自分がこういう所へ入ったらこう取扱ってもらいたいの視点で,老人介護病院を経営している。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.5-28, 1991-04-25

Creditability取引は,1回1回の取引で利益はでなくてもいい,信頼できる多角的な複数の相手と,細かなルールを決めずに取引し,長期的,全体的にみて利益がでればいいという考え方である。日本の"今回は泣いてくれ"という取引に典型的にあらわれる。この考えは,強力な武士階層が支配し平和が統いた江戸時代に定着した。平和が続いたため武士と君主との間に実質的な価値のある取引ができなくなり,儒教の中の君臣倫理,共同体倫理などの抽象的価値だけがとり出され,滅私奉公の精神が強調された。これが,支配階層の価値観にすり合せようとする日本の商人の集団性,協調性の価値観のもととなった。利より義を重んずる家訓・価値観が拡がった。しかし現実には大名貸,株仲闇取引で実質的な利は確得していた。一方西欧では,人生は闘争であり,そこではカルヴァン派の,神にのみ責任をもつが神にも頼れないという<内面的孤独化>の考えができ上り,そこから<禁欲的職業労働>の価値観ができ,商人の間に資本主義精神が育った。現在,儒教で資本主義のアジア圈の国々の経済成長はめざましい。そのうちでも日本のCreditability取引は,系列企業システムなどによって高い生産効率をあげ,その効用が宣伝されている。しかし日本企業がグローバル化する現在,闘争を前提とする価値観をもった異った国の人々と取引をせざるをえず,平和・協調の価値観のCreditability取引はできなくなる。さらに日本国内のCreditability社会の中では,細かいルールがないため過度の強者が現れると富の配分が大きく偏り,人々の不満がCreditability社会を支えている政治的枠組自体をこわす可能性もでてきた。ここで過度の強者がでないように,意思決定者の深い洞察力と大きな道義感の必要性が強調されるようになってきた。
著者
清水 龍瑩 岡本 大輔 海保 英孝 古川 靖洋 佐藤 和 出村 豊 伊藤 善夫 馬塲 杉夫 清水 馨 山崎 秀雄 山田 敏之 兼坂 晃始
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.69-89, 1994-10-25
被引用文献数
1

企業の活性化,個性化は優れた企業の条件である。企業の活性化とは,企業の全経営過程に好循環が起き,企業内のすべての構成員が新しいことへの挑戦意欲をもやし,創造性を発揮している状態をいう。企業の個性化とは,他社にまねられない強みをたえず強化,拡大していくことである。このうち,企業の活性化については,過去30年間,日本企業について行った実証研究による仮説の構築と検証の繰り返しから,ある程度理論が出来上がってきた。しかしながら,個性化については未だ十分な実証研究が行われていない。そこで今回,「企業の個性化」に焦点を絞って,アンケート調査を行ってみた。我々はまず,個性化指標を作成した。議論の中で,考えうる様々な個性化現象のうち,プラスの太い効果に注目しなければ,意味が消失してしまうことが明らかになった。このような観点で,他社にまねられない幾つかの強みを合成し,指標を作成した。更に,他社にまねられない強みの強化・拡大と業績との関連を考えた。そして"個性化している企業は業績をあげている"という体系仮説を基盤として,個性化を推進する変数(トップマネジメント,人事管理方針,製品開発,主力製品,経営管理方針,財務管理方針)と個性化,業績についての多くの単称仮説を構築し,QAQF(Quantitative Analysis for Qualitative Factors)を用いて分析を試みた。調査の結果,様々な体系仮説の構築が可能になった。たとえば,"大企業では経営者の個性化が企業業績の向上に貢献し,中堅企業では製品の個性化が企業業績の向上に貢献する","現在の日本企業では,技術,市場について個性的な戦略をたて,経営管理を行っている企業は高い業績をあげている"などである。もちろんこれら体系仮説が理論にまでなるには,今後相当期間調査が繰り返され,仮説の構築,検証が必要となるであろう。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.1-20, 1995-06-25

情報化,グローバル化,不況の長期化が進むなかで,中間管理者の余剰感は増大してきた。しかし情報処理,国際業務処理などの中間管理者の能力は,益々重視されるようになり,またその能力発揮プロセスよりも,結果である業績が重視されるようになった。人事評価基準は,外界の状態と企業の状態との関数であって,万古不易のものはない。急成長企業では,自ら企業家精神を発揮し,新しい提案をし,実行する中間管理者が高く評価され,停滞している企業は,沈滞している部下に意識革命をおこさせるネアカな人間が,高く評価される。中間管理者の評価基準としての部下の育成は,日本の企業にのみ通用する基準であって,外国企業では通用しない。評価の公平性,公正性は,評価者,被評価者および,周囲の者によって納得されるとき,はじめて認められる。しかし,人間による人間の評価には,必ず個人的な偏りがあるから,複数上司の評価,敗者復活の制度が必要である。時系列的にみると,従来の成長期には,上司,その上の上司と,横からの人事評価が一般的なシステムであったが,現在は,人事部の評価が少くなってきた。何らかの理由で,会社の主流からはずれた専門能力のある中間管理者を,グループ大企業間を移動させ,その能力を最大限発揮させたり,あるいは,その専門能力の開発教育と同時に,ボラソティア活動を奨励し,人生観を変え,「人生再設計」を実行できるようにすることが,これからの中間管理者の新しい方向である。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.110-162, 1992-10-25

今回のサーベイでは,個性的な問題把握・対処策・経営管理を遂行している企業が高業績をあげていることが解った。他社にまねられない強み,それをベースにした競争優位の戦略をたて遂行しているからである。若い人は自分の興味のある問題には驚異的なエネルギーを出すからこれを組織化する(ピア),人間の尊厳と企業の価値観との共通部分を大きくするためにpeace of mind事業に特化する(セコム),テナントを入れると,同時にing情報を入手して不安定なファッション性と財務の安定性を統合する(パルコ),コンピュータに回線をつなげるのではなく,回線にコンピュータをぶらさげるのだという,不連続的飛躍が必要である(インテック),social communication gift businessという友情ビジネスを原点にし他社にまねられない著作権の強みを発揮する(サンリオ),若いクラフトマンの養成と年とったクラフトマンの技能のデジタル技術化とによって競争力を強化する(佐々木硝子),日本で急増した鉄屑を原料にして大型電気炉による薄板生産に注力し,NIESにまけない価格で薄板を供給する(東京製鉄),社長が調理場をまわり,管理職のファイルをつくって顔を憶えファミリー感覚を浸透させる(帝国ホテル)。以上の企業は巨大企業ではない。社長の個性が企業文化の中に深く浸透し,企業に強い個性ができ,これが他社にまねられない強みになっている。一方規模の大きい歴史の旧い装置産業は生産技術の改善に力を入れ競争力をつけようとする。従来のノウハウを生かしたセンサーを用いて光ファイバーの自動連続生産に力を入れる(古河電工),同じ生産設備を効率よく稼働させるために新しい触媒の開発に力を入れる(三井東圧)。さらに人事評価に独自性を見出す企業もふえてきた。業績考課と能力考課に分け,前者では上司と部下との意見をフィードバックさせるが後者ではフィードバックさせない(栗田工業),成果,役割行動,能力の3つで絶対評価するが,役割評価はグループ内で一生懸命やって成果が上らない場合の補償措置とする(横浜ゴム)。さらに素材産業はいわゆる盛田論文に反論し,旧来からの経営の常識を強調する。短納期,低価格,高性能が競争力の源泉である(三井ハイテック),よい製品を安く社会提供するのが製造業の使命(住友軽金属)という。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.185-224, 1997-08-25

1996年8月から1997年6月までの1年間,為替レートは乱高下した。日本経済は円安時には輸出に支えられ成長した。しかしこの1年間を通して,日本経済は情報化・グローバル化・ボーダレス化で競争が激化し,各企業はコスト削減,品質向上,短納期が求められた。さらに少子化,高齢化,超低金利で消費は低迷し,公共投資も波及効果が少なく,長期低迷,閉塞状態が続いている。一方,本来人間の意識が固定してできる法律とか制度が,外圧によって,人々の意識より早く変わってしまい,多くのトラブルを生ぜしめている。内需拡大,規制緩和,金融ビックバンなどは人々の意識より早く変わっている。それに対応できない人々が野村証券,第一勧銀などのようなトラブルをおこしている。このような構造的大変革を多くの経営者は身をもって認識しはじめ,経営についての考え方,哲学を変え,新しい対処行動をとりはじめた。グローバル化・国際競争激化に対処するため,レジャー製品の大メーカーは,社長自身が雇用を守ることが大前提だと明言して,競争力の弱くなったスキー板から撤退した。国際競争激化に対処するため,自動車電装品大メーカーは,エレクトロニクスからバイオにいたる基盤技術を強化し,自動車関連ハイテク製品で勝負する。ボーダレス化に対処するため,音響中堅メーカーは音響機器は今後必ずしもハイテクでないからとして,製造をやめ企画,販売に集中する。化学企業は規模では国際競争ができないため,通信・電子関係のコアの事業に集中する。ボーダレス化・情報化に対応するため,大手海運会社は,荷主の分散化.Eメールによる情報の共有化をはかる。高齢化に対応して,警備保障会社が予防医療に進出し,少子化にともなう輸送人員数の減少に対処して,私鉄が不動産業に力を入れる。これらは,各企業とも従来の経営の考え方や哲学までも修正する大転換戦略である。すなわち従来のような産業構造上の連鎖の中での固定的な小売の優位,アセンブリの仕入れ優位,下請不利などはなくなり,部品メーカー,メーカー卸,小売が平等で競争・協調しなければならなくなったことを示している。〈製造等関係〉[セコム]34年前にセキュリティを中心に創業し,その周辺に医療,教育,情報等の事業をおこし現在マルティプル産業に成長。次々に事業展開をするために,家庭用セキュリティシステムはレンタルとし,その安定収入をもとにして新投資を行うという原則。復数の事業を束ねるには遠い先に目標を定める。医療は今後治療医学から予防医学へ。[日本金属工業]日本の製造企業に共通している"製造設備の自社開発は強み"という説はあてはまらない。ノウハウを蓄積して三菱重工,日立に注文生産してもらうが第1番目の設備は非常に高価格になる。これを購入する第2,第3番目のメーカーは非常に安い設備を導入できる。台湾,韓国のメーカーはこれを買い汎用品を大量生産し,日本へ輸出してくる。競争激化。[デンソー]日本国内の自動車保有量は限界に達し,これ以上供給量をムリにふやせば輸出ドライヴがかかり,再び円高になる。それに対処するため自動車関連電装品の強化,すなわち環境,安全,エネルギー関連に特に力を入れる。エレクトロニクスからバイオに至るまでの基盤技術の強さが,企業成長の原動力となり,この企業成長の理念こそが構造的な経営問題解決の条件となる。[アイワ]ハイテクはもはやハイプロフィットではない。アセンブリーに近い音響メーカーは繊維産業のように日本からなくなっていく。日本に残っていけるエレクトロニクス産業は技術の蓄積のできる会社,100億の投資のできる大企業だけ。アイワはこれからは,企画と販売だけで食っていく。これが中堅企業の生き残る道。[ヤマハ]NEW YAMAHA PLANで沈滞したムードの意識改革を行った。この前提として雇用を守ることを大前提とした。強みをさらに強化するためにR & Dに集中投資をし,弱いところから撤退する。撤退の意思決定は社長にしかできない。役員は自分の担当に専念しているから,過去と比べて改善されたと思って撤退できない。スキーからの撤退は社長がきめた。[昭和電工]企業倫理を浸透させるために,従業員にフェアについての話を繰り返しする。化学産業は規模において国際競争力がないから,今後のコアとなる通信・電子関係の事業の研究開発に注力する。その事業規模は10億,20億でいい。また少しでもスケールを大きくするため合弁会社をつくる。そのとき出資比率を50 :50にしない。そうすると社内でエネルギーを消費してしまい,経営責任がもてなくなる。〈運輸関係〉[大阪商船三井]産業構造の大変革を一番はじめに経験したのは外航海運であり,その対処策は既に十分にとっている。グローバル化・情報化を積極的に利用して,荷主の海外拠点分散,本社組織・海外子会社とEメールによって情報の共有化を行い,タイムリーに意思決定する。特にアジア全体の輸送量の増大を見込んで戦略をたてる。[小田急]鉄道輸送人員が年700万人ずつ確実に減っている。年10%の減少率であり,大変な問題である。これは人口構成上の問題だからアンコントローラブルである。それなのに混雑緩和のために収入の4割を設備投資しなければならない。対処策として不動産業等に注力している。外国には私鉄という業態はない。〈流通業関係〉[島忠]家具はクレーム産業である。クレームには出来る限りの対応をする。それでいて利益を出す。顧客の千差万別の要求に対処する。クレームをつけた客を満足させリピータにすることが最大の戦略。一旦仕入れた商品は返品しないし,関東一円以外の遠くは取り扱わない。在庫量,販促費がかからない。[国分]流通業は毎日配送搬入して顔を合わせていても,相手の明日の動きがわからない程環境変化が激しい。対処策としてクイックリスポンスをする組織をつくること,さらに,メーカー,問屋,小売がお互いに裸になって自分のやりやすい機能を,相手方の領分まで入って果たしていく,という生販三層のコスト削減等が必要である。〈研究所関係〉[三菱総研]日本ではもう公共投資にはそれ程の波及効果はない。消費刺激がいい。長期的にみれば最も心配なのは高齢化とグローバル化。高齢化に対して日本人は個人で身を守ることができない。自分で稼ぐシステムをつくる。グローバル化の問題は日本人が外国人を使うのが下手だということ。アウンの呼吸で意思疎通ができると思っている。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.6, pp.251-295, 1993-02-25

日本企業についてのサーベイでは,どの社長も現在の不況を嘆いていない。むしろ将来の景気回復を見据えて,この時期,長期的に自社の強み強化の戦略を積極的に考えている。エレクトロニクスのデジタル技術が今後競争の中心になる。生産現場のノウハウの統合が重要であるが,外部からの中途採用者ではこの統合・融合がうまくいかない(富士ゼロックス)。日本の情報技術は量産できるデバイス・新素材の部分はすすんでいるが,通信技術は米国と同じか,やや下で,コンピュータ開発・ソフト開発技術は米国よりずっと遅れている(学術情報センター)。土地買収の秘訣は"相手の立場にたってものを考える"こと。お年寄りには方面委員的なお世話を,お店にはコンサルタント的な相談を,地主さんには上りの入る部屋を提供。反対する人にはムリな説得はしない(森ビル)。自社の強みは,新しいセンサーの開発,現場ノウハウの統合,それによるアプリケーション技術,システム技術の開発。これが他社にまねられない競争優位戦略の中核(オムロン)。収益5割減,コスト5割増でも営業利益黒字。公開業務,M&A,証券化ビジネスなど将来性のある商品開発へ優秀な人材を再配置する。その教育のための特殊な"学校制度"に力を入れる(日興證券)。人事評価は,相対的な全体評価が原則。従業員1人ひとりを全体的にみて順位をつける。分析的項目の評価値の合計は全体評価値と一致しない(日本通運)。中国の「社会主義市場経済」はタテマエとして,国営企業の所有権は国,経営権は管理者グループヘといっている。しかし実態は,経営者の任命権は既に国にはなく,また基本賃金一定の原則はボーナスの自由化で崩れ,急速に資本主義企業の経営に近づいている。法律が未だ整備されていないので裁判所で認めたものだけ,たとえば土地使用料だけが担保になりうる。貸出金利は中国人民銀行がきめるが貸出資金量には当行に裁量権がある(中国銀行)。他市で当社の販売妨害があると天津市政府は現地へ行って抗議してくれる。しかし当社が優秀な中間管理者を募集すると株主の天津市政府はいい顔しない。市政府が出資している他の合弁会社が弱くなるから(コカコーラ合弁会社)。国営から民営化ではない。依然として国家が所有権をもっていて,経営権だけが会社全体に渡されている。しかし実態はもう少しすすみ,所有は国,省,市政府などの集団になり,経営者も会社で決めた者を国が任命する(南開大学)。下請部品メーカーの労働賃金は安いが部品価格は日本の1.5倍になる。品質管理,生産管理が悪くて不良品比率が高いから(ヤマハ合弁会社)。創業5年で売上が100倍になり高収益をあげている。国内でいくら売れても人民元しか入らない。外貨が入らず設備投資が難しい。外資企業がふえて競争激化(SKF合弁会社)。開発区,保税区を次々につくり各種優遇措置を講じているが,インフラは未だ十分に整備されていない。いまのところは進出企業の当社投資額は天津市内の旧工場跡地のほうが有利(天津市政府)。売上の中で最も大きな比率を占める商品は男子服。利益の多いのはファッション製品。生地は日本製品より品質が悪く価格も高い。ボーナスは基本年給の5倍出している(華聯商厦)。約90社から成る企業集団であり年間売上高は40億元。管理より発展が重要。管理を強めると創造性を発揮しなくなる。基本戦略は,商を中心にして金融を発展させ,そのあとで製造を握る(天津立達(集団)公司)。支社長に3ヶ月の運転資金を渡し実績をあげなければクビ。本社の部長は自分の好きな人を部下として採用しうる人事権をもつ。米国人は物を信用すれば買うが,日本人は人を信用しなければ物を買わない(東方文化藝術)。