著者
白倉 一由
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.15-28, 1995-12-10

近松世話浄瑠璃のこの期の作品の特色は内容の複雑化と人物の性格・思考・行動の現実化である。主人公善人、副主人公悪人の構想ではなく、主人公副主人公共に実存的・現実的になっているのである。この作品は主人公中心でなく、副主人の貞法・由兵衛が重要の人物であり、特に貞法の見解はテーマの構成に大きく関わっている。貞法の考えは個人的な愛より、家を存続させ維持させる事であった。主人としての世俗的の発想であった。二郎兵衛おきさの愛は初めは自己中心的なエロスの愛であった。二郎兵衛のおきさへの愛は男の一分であり、人間として誇りを持って菱屋に居る事であった。このおきさへの愛は貞法の考えと対立するようになっていく。家の存続と維持は大切な事であったが、人間性の立場に立てば、限界があり、全面的に肯定する事は出来なくなる。二郎兵衛おきさの愛は次第に罪の意識と共に献身的な他者への愛に生きるようになり、宗教の発想と共に死の通行となるのである。自己を罪の意識において他者への献身的愛と家の存続と維持のモラルとの葛藤が主題である。

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