- 著者
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山田 吉郎
- 出版者
- 山梨英和大学
- 雑誌
- 山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
- 巻号頁・発行日
- vol.31, pp.31-40, 1997-12-10
歌人前田夕暮の遺詠「わが死顔」(昭和二十六年)は、自らの死顔を春の木の花のイメージとともに幻視した異色の作であるが、中井英夫は『黒衣の短歌史』で、この「無気味に美しい一連」を「短歌への信頼を一挙に回復した」作品として高く評価した。この評価をどう見るかはひとまず措くとして、この中井の発言の背景には遺詠「わが死顔」のもつ短歌作品としての特異性がつよく暗示されている。アララギを中心とする写実短歌の流れが主流をなしつつも、一方で前衛短歌運動の足音が近づく当時の短歌界の潮流の中で、「わが死顔」はどのような史的意義を担っていたのだろうか。本稿は、そうした「わが死顔」の文学的特質と可能性を、その独特の幻視や二重自我の問題を手がかりに考察したものである。