著者
山岸 明子
出版者
順天堂大学
雑誌
順天堂医療短期大学紀要 (ISSN:09156933)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.48-56, 1990-03-25

本稿は,我々がそれぞれもっている「正しさ」の枠組み-何が正しいこと,よいことなのか-が,どのような経験の中で何によって作られていくのかを考察するものである.コールバーグは「公正さの道徳性」の発達段階論を提唱し,その発達には他者との相互作用の中で自分とは異なった他者の視点をとる経験(役割取得)が重要だとした.それに対しギリガンは,コールバーグの発達理論は男性の発達を描いたものにすぎないと批判し,女性はそれとは異なった「配慮と責任の道徳性」をもち異なった発達過程をたどること,その違いは他者-世界との関係の仕方が男女で異なることに由来すると指摘した.本稿では,日本における道徳判断の発達を実証的に検討した研究と関連させて,二つの道徳性が,我々が経験する二つの基本的な対人関係に基づいて構成されるという仮説が提起される.二つの対人関係とは(1)自他が明確に分化された関係と,(2)自他を明確に分化しないままにかかわる関係であり,それぞれ父親,母親との関係に原型があると考えられる.父親的関係,母親的関係の中でいかに「正しさ」が構成されるのかの考察がなされ,更に日本のしつけ-対・子供関係-の特徴が二つの対人関係との関連で論じられる.

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"それに対しギリガンは,コールバーグの発達理論は男性の発達を描いたものにすぎないと批判し,女性はそれとは異なった「配慮と責任の道徳性」をもち" http://t.co/h5d5dldQKh
このへんの話。"コールバーグは「公正さの道徳性」の発達段階論を提唱し,その発達には他者との相互作用の中で自分とは異なった他者の視点をとる経験(役割取得)が重要だとした" http://t.co/h5d5dldQKh

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