著者
小林 博
出版者
日本産科婦人科学会
雑誌
日本産科婦人科学会雑誌 (ISSN:03009165)
巻号頁・発行日
vol.20, no.5, pp.521-530, 1968-05

生体にstressが加わるとcatecholamines〔(以下CAと略), adrenaline (以下Aと略), noradrenaline (以下NAと略), dopamine (以下DAと略) の総称で特にA, NAを指す〕が増量することは基礎的並びに臨床的な実験によって確かめられている. Selyeのstress学説による適応ホルモンの概念の導入によりCannonのemergency reaction と stressとの関連が問題とされて来たが, Selye自身も強調している如く, 適応ホルモンの機転が唯一の非特異的防禦手段ではなく, 自律神経系も又重要な役割を演じていることは疑いがない. 妊娠という試練を母体はどう受け止めるか. 妊娠中毒症はこの様な負荷に対する異常反応に基づく生体のbalanceの破綻 (換言すれば適合不全) によって起ると解されないだろうか. 著者はこの様な観点から自律神経系のneurotransmitterであり昇圧物質でもあるCAの妊娠中毒症における動態について検討を加えた. 尚測定に当っては尿中CAの測定に際し問題となっていたDOPAを除去する為, イオン交換樹脂Duolite C-25を使用した. その概要は以下の如くである. 1) 妊娠後半期になるとNAの平均値は上昇し, 高値を示すものもあり, かつバラツキも著明となり自律神経系の不安定性が示唆された. 2) 妊娠中毒症では毎日連続的に測定すると, NA値は必ずし.も血圧の動きとは関係なく, 周期的な波状の変動を示した. 全平均値は妊娠末期と差がない. この事から血圧上昇には血管のNAに対する感受性の光進も又重要な因子となることが推測される. 3) 分娩子癇の患者では子癇発作後 pheochromocytoma に於てのみみられる様な, 正常人の約30倍にも達するNAがspike状に放出され, 一たん減少後, 再び一見rebound的に上昇している. これは子癇独自の現象で, その意味ずけはいまだ困難である. 4) 尿中CA値と血圧とは相関関係が明らかでなく, CAが一次的に昇圧機序レこ関与するとしても, 二次的には, 他の昇圧機構ないし血圧維持機構が作働することが推測される. すなわちCAが妊娠中毒症の一元的な原因とはいえないが, 交感神経系が妊娠中毒症発症に関与していることは充分考えられる.

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