著者
住谷 裕文
出版者
大阪教育大学
雑誌
大阪教育大学紀要. I, 人文科学 (ISSN:03893448)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.195-205, 1986-12

外国のある作家を真に理解するというのは決して容易なわざではない。その作家の作品の理解だけでは,およそ十全な把握をなしえたとは言いえないからである。その国の文化的特色や時代的状況,その他さまざまのことに深い知識が必要である。そうしてはじめてその作家の独自性が浮かび上がって来る。私が研究対象としているスタンダールについては,ことにその感が深い。いまここに取り上げようとしている作品の筆者は,スタンダールとわずか18年の期間をこの世で同じくしたに過ぎず,政治的にもスタンダールが共和主義者であったのにたいして,王統派,スタンダールが青年時代ナポレオンのイタリア遠征に参加して以来,熱烈なイタリアびいきになったのにたいし、終始変わらぬフランスびいき,とまったく正反対の人物である。しかもその文学観もほとんど対蹠的である。けれどもこの人物のフランス文学にたいする見解は,フランス語の特質をめぐる議論とともにフランス語およびフランス文学史のさまざまの問題を浮かび上がらせてくれると同時に,スタンダールのフランス文学史における姿を,幾分かは我々に明瞭にさせてくれるようにも思うのである。そしてその結論については後日,また別の論考で明らかにしたい。En 1782,l'Academie de Berlin a mis au concours le sujet suivant:Qu'estce qui fait la langue francaise la langue universelle de l'Europe?Par ou merite-t-elle cette prerogative?Peut-on Presumer qu'elle la conserve?Elle a couronne le<<DISCOURS SUR L'UNVERSALITE DE LA LANGUE FRANCAISE>>d'Antoine Rivarol en 1784.Ici,nous examinons son<<DISCOURS>>.

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