著者
伊福部 達
出版者
一般社団法人情報処理学会
雑誌
情報処理学会研究報告. コンピュータビジョン研究会報告 (ISSN:09196072)
巻号頁・発行日
vol.95, no.68, 1995-07-20

感覚代行とは失われたり損なわれた感覚機能を補助代行するために,残された感覚や神経系を通じて情報を中枢へ伝達し本来の正常な感覚に近いイメージや概念を惹起させることを目的としている.一方,人工現実感は周知のように人工的に作った情報でより現実に近い感覚を惹起させることを追究する技術であり,感覚代行が障害者を対象としている点を除けば方法論は同じである.筆者は25年間にわたり感覚代行の研究に従事してきており,その間,聴覚障害者のための指先で音声を聴く触知ボコーダ,一音一音話した言葉を文字にする音声タイプライタ,聴神経を電気刺激して音声情報を伝える人工内耳と埋め込み型耳鳴り治療器,老人性難聴者のための音声をゆっくり聴くディジタル補聴器,喉頭摘出者のためのイントネーションを表出できる人工喉頭,気配として捉える盲人の障害物知覚の解析と超音波メガネなどの開発を行ってきた.その基礎研究としては九官鳥が声を出す仕組みやコーモリが障害物や餌を見つけるために出す超音波の解析などヒトばかりでなく特殊な能力を持つ動物達の研究もあった.そして,失われたり損なわれた感覚を補助代行する研究から大脳における感覚統合,概念形成,感覚運動連合などについて多くの知見が得られてきている.それらの知見や技術は,仮想障害物の聴覚による知覚方式,仮想物体知覚のための触覚ディスプレイ,仮想重量感の呈示装置,知覚運動協応の特性に基づく仮想空間知覚,遠周辺視をカバーするHMDによる仮想平衡感,移動音源と平衡機能との相互干渉に基づく仮想空間の呈示方式など人工現実感に関する技術に結びついてきた.現在のコンピュータやロボットは見たり聴いたり触ったりあるいは平衡を保ったりする機能では障害を持っていると考えることができるので,障害者のための補助代行研究はそのままコンピュータのための人工知覚技術などへ応用されるのである.そして,人工現実感で生まれた種々の技術は再び感覚代行の研究にフィードバックされ,実際に障害者に装置を適用して不十分なところがあれば再び基礎となる心理学や生理学に戻るという方法論をとることができる.このような方法論に従って研究を進める分野を福祉工学といい今後大きく発展することが期待されている.いうまでもなく,福祉工学を社会に還元するために一番重要なのは,障害者達の協力や医療関係者との共同研究であり,現場からの発想である.幸い,今年の4月から電子情報通信学会では,筆者が委員長となって,福祉を強く意識したヒューマンコミュニケーション基礎研究会を発足させることができ,また,文部省科研では「人工現実感の基礎的研究」という重点領域研究が認められ,筆者の班長のもとで,人工現実感を評価し福祉へ活かす研究が開始することになっている.このように学問的な立場からもこの分野を推進する基盤ができつつあり,25年にわたって一つの方法論に従って続けてきた福祉工学にやっと一筋の光が当たるようになってきた.講演では,筆者が進めてきた研究を中心に感覚代行研究が必然的に人工現実感技術に結びつくことを話したい.*本論文原稿は次号掲載

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