著者
沖津 ミサ子 Misako Okitsu
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.47, no.4, pp.260-267, 2003-03

ボードレールの悪の意識は彼の宗教的哲学的思想の根底を成すものである。クレマン・ボルガルやバンジャマン・フォンダーヌも指摘しているように,ボードレールの信条はニーチェのそれに非常に近いものと思われる。ニーチェは神の死を宣告したが,それより先すでにボードレールは神の不在を表明しキリスト教への反逆を企てた。彼はキリスト教による救済を拒否し,自分の罪は自分自身によって贖おうとした。すなわち彼は自分の内に存在する悪を認識し,凝視し,そこから生じる苦悩を深く苦悩することによって罪を贖おうとした。≪苦悩こそ唯一の高貴≫と唄って,苦悩こそが自分の魂を浄化しうる唯一の手段であると信じた。その結果ボードレールは過剰な程に悪の意識にとりつかれてしまう。そのことについてボードレール自身「苦悩の錬金術」の中で≪僕は黄金を鉄に,天国を地獄に変えてしまう≫と嘆いている。こうしたボードレールの思想は当然,深い内省心に支えられねばならない。そのことについてボードレールは「救いがたいもの」(二)の中で≪心が自分自身を映す鏡となる 暗くしかも透明な差し向い 青白い星かげのゆらめく 明るくて暗い「真理」の井戸! 皮肉な地獄の燈台 悪魔的恩寵の松明 唯一の慰めであり栄光である-「悪」の中に居るという意識は!≫と唄っている。ヨーロッパの伝統的宗教であるキリスト教に反逆を企てたボードレールは 彼独自の教義を唱えた。そして,その思想の根底にあるのが「「悪」の中に居るという意識」であり「苦悩こそ唯一の高貴」であり,「苦悩の錬金術」である。こうしたボードレールの思想は良心の呵責を歌った普遍的真理となった。

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