著者
野口 和彦
出版者
東海大学
雑誌
東海大学紀要. 教養学部 (ISSN:03892018)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.237-257, 2005-03-30

中ソ関係は1950年代後半から悪化し,60年代末に緊張は最高潮に達した。そして社会主義陣営の「冷戦」は,1969年のダマンスキー島/珍宝島事件で「熱戦」へと転化した。本論文では,中国とソ連の国境をめぐる武力衝突の根本的原因を究明する。ここでは,国際システム・レベルと国内レベルの両面から,中ソ国境紛争の原因を探る。ソ連の軍事的強大化による力の不均衡は,中国のソ連に対する脅威認識を強めた。中国はソ連の攻勢を抑止するために,紛争がエスカレートしにくい小島で,挑発の範囲と規模を限定した対ソ攻撃に踏み切ったと思われる。同時に中国の文化大革命は反ソ的特徴を持っていたため,ソ連との安全保障上の競争を極度に激しくしてしまった。つまり,69年の中ソ国境武力衝突は,中国がソ連に対して仕掛けた予防攻撃だと説明できる。

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