- 著者
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大下 祥枝
- 出版者
- 沖縄国際大学
- 雑誌
- 沖縄国際大学総合学術研究紀要 (ISSN:13426419)
- 巻号頁・発行日
- vol.8, no.1, pp.1-39, 2004-12-30
バルザックの5幕劇『継母』は、1848年5月に歴史劇場で初演された。その稽古の最中に作家は、戯曲を通して何を訴えようとしたのか、以下のように述べている。「新しいこと、それは生活の中の真実を描くことである。簡素で平々凡々と営まれている家庭が舞台にかけられているが、その営みのもとで恐ろしいドラマが展開するのである。」この『継母』を取り上げた小論は二部構成になっており、本稿の第一部では、主としてテキストを中心とする調査方法に則り、「生活の中の真実」を観客に実感させるためにどのような工夫が凝らされているかを探ってみた。第I項で作品分析を試み、第II項から第VII項において、主要テーマ、場面展開の方法、登場人物の構想、使用語彙の特徴、小道具、タイトルとサブタイトルに関して、順次考察を加えた。主要人物四人の性格付けや、彼らを取り巻く人物たちの行動パターンの調査によって、若き男女が服毒自殺に追い込まれる悲劇的な結末は避けられないものであったと考えられる。台詞に使われている単語の類型化を通して、次のような特徴が明らかになった。結婚や恋愛に関する表現は、戯曲のテーマに添う形で多く用いられているが、同時に、娘と継母が一人の男性を巡って死闘を繰り広げる場面に呼応して、闘争や生と死に関連する単語も全編にちりばめられている。さらに、一家の主人を除く全員が何らかの秘密を持っているという設定のため、秘密の保持と暴露を表わす単語や、罪と罰に関するものもかなりの頻度で見られる。人物の行動や精神状態を反映させた単語を駆使し、家庭内の一つの事件の展開に現実味を与えながら大団円へと導く作家の手法を見て取ることができる。「生活の中の真実」描写を小説作品で試みてきたバルザックは、それを晩年の戯曲においても実現しているといえよう。タイトルの『継母』とサブタイトルの「私的なドラマ」については、それらが戯曲の内容を的確に表現しているか否かを、同時代の戯曲や辞典類を参考にしながら検討した。バルザックは当初、戯曲を『ジェルトリュード、ブルジョアの悲劇』と呼んでいた。タイトルとしては、そのヒロインの名前をとった『ジェルトリュード』が、そしてサブタイトルは後で付けられた「私的なドラマ」が、この戯曲に合致していると考えられる。なお、小論の第二部では、『継母』の成立に影響を与えたと考えられる他作家の作品、ならびにバルザックの劇作品や小説作品について考察した後、戯曲の公演の様子を再現するために新聞・雑誌の記事を調査する。最後に、1949年にシャルル・デュランがグランシャン将軍役を演じた『継母』のシナリオと原作との比較検討も試み、初演から一世紀を経た時、いかなる形で作品が受容されているかを明らかにする予定である。