- 著者
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大下 祥枝
- 出版者
- 沖縄国際大学
- 雑誌
- 沖縄国際大学総合学術研究紀要 (ISSN:13426419)
- 巻号頁・発行日
- vol.5, no.1, pp.1-78, 2001-10-31
1942年3月に映画『ランジエ公爵夫人』が公開された直後,ジャン・ジロドゥーはそのシナリオ集といえる作品『バルザック原作"ランジエ公爵夫人"のフィルム』を発表した。翻案を手掛けたジロドゥーが原作をいかに理解して映像化に至ったかを解明するために,シナリオ集を基軸にしながら小説と映画の比較検討を試みた。映画は,大粋において原作の筋の流れを踏襲しているといえる。しかし,主要な二つの場面で両者の間に大きな相違点が見いたされる。一つ目は,純粋な恋愛感情を弄んだとして,モンリヴォー将軍がアントワネット・ド・ランジエ公爵夫人に復讐する場面である。映画のなかでは舞踏会で繰り広げられる。大勢の人が見守るなか,彼らの友人も巻き込んだ応酬合戦が続く。原作と同様にシナリオ集とその手稿では,モンリヴォーが彼の家で夫人を一方的に激しく非難する設定になっており,台詞の内容も映画とかなり異なっている。主役を演じた役者と監督の要望で,映画にのみ見られる状況に変更されたと考えられる。二つ目は,テレーズ修道女となって身を隠していた公爵夫人を将軍が救出する箇所である。映画では修道院の中庭で展開し,テレーズ修道女がモンリヴォーの腕に抱かれ,膠朧とした意識のなかで彼の愛情を確認している。原作とかけ離れたこれらの場面については,数多くの批評が寄せられている。ジロドゥーの翻案の特徴は,まず第一に洗練された台詞をあげることができる。役者の巧みな台詞回しと相挨って,単語のひとつひとつが観客の耳に心地よく響くのである。第二に登場人物の多様さを指摘できる。貴族から庶民に至るまで,様々な階級の人物が主人公だちと言葉を交わし,物語の内容に深みを与えている。第三は音を効果的に使用していることである。モンリヴォーがアントワネットを見つけ出す手掛かりとして選んだのが彼女の歌声であり,その他,場面の展開と密接な関係を持つ種々の音色が選ばれている。早くから映画に関心を寄せていたジロドゥーは,独自の手法を駆使しながら,処女作であるこの翻案によって,彼自身が理解したバルザックの世界を銀幕上で描き,文学作品と映画の橋渡しを見事に果たしたといえる。[付記]本論は,パリXII大学に提出した学位請求論文の第4部第2章"De Balzac a Giraudoux"に加筆・修正を施して仕上げたものである。