著者
梅宮 創造
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学紀要 (ISSN:03899543)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.83-104, 1993-03-20

本稿では若きサッカレイの生活模様に主眼を置く。チャータハウス校を出てケンブリッジ大学に入り、その後の精神放浪、結婚、家庭、妻の発狂、等々、サッカレイのくぐり抜けた甘い苦い経験を凝視してみたい。そこから何が生れるか。作家誕生の過程が、作品制作の秘密が、そして何よりも、サッカレイなる人物の体温が直かに感じられるものなら喜ばしい。たび重なる苦難の日々に悲哀となり夢となり、陰に陽に現れている彼の素顔、それを明らかにすることが当面の仕事である。サッカレイ文学の深い理解のためにも、欠かすべからざる仕事であろう。大作『虚栄の市』に至るまでの道程は生易しいものではない。サッカレイは一とき画家を志し、新聞記事を書き、小説を試みては批評文を物すなどした。その下積みは何年も続いた。剰え、サッカレイには生活の不如意が、家庭の悩みが絶えなかった。それやこれやが彼を鍛え、文章に磨きをかけ、結果としてはその作品が類稀なる光芒を放つに至った。しかし、これが彼自身にとって仕合せな結果であったか否か、判らない。後世の我々は遺された作品を読み、手紙や日記を検め、さらに夥しい証言や伝記の類に眼を通すばかりである。そうして一作家の像を心中にふかく刻み、末永く、個人の大切な所有物として蔵って置こうとする。それで良いのだろうと思う。もとより文学は他人に押付けるものではない。他人を説得するものでもない。文学研究上の「新発見」などにせよ、多くは既に発見された真実の「再発見」であろう。何故なら、文学における真実とは、幾度も幾度も重ねて発見されるべきものであり、一個の動かぬ力を揮って人を黙らせる代物ではない筈だから。

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こんな論文どうですか? サッカレイの門出および試諫(梅宮 創造),1993 http://t.co/ijVyETYdL9 本稿では若きサッカレイの生活模様に主眼を置く。チャータハウス校を出てケンブリッジ大学に入り…

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