著者
杉山 岳巳
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.67, no.552, pp.93-99, 2002
被引用文献数
1

1. はじめに 環境の持続可能性の重要性は明らかであり、建築においても持続可能性をめざしたデザインの必要性が提唱されている。ところが、環境の持続可能性に関する研究はこれまで環境の生物・物理学的特性に注目したものが多く、その社会的側面は無視される傾向にあった。しかしながら、私たちの住む世界は人間によって支配されており、人々の環境に対する認識や行動が環境の保護や利用に大きな影響を与えていることは明白である。つまり、持続可能性の概念は社会的環境にも大きく関わっており、持続可能性をめざしたデザインを浸透させるためにはその社会的側面に対する考慮が必要である。 2. 持続可能性をめざしたデザインに対する環境選好 本研究では持続可能性をめざしたデザインの社会的側面を扱うために「環境選好」の概念を用いる。環境選好はある環境に対する個人の好みの度合を問うものであるが、その目的は人々が好む環境の特性やパターンを特定することにある。「好み」はランダムで恣意的な現象と考えられがちだが、実際には人の好みには共通性があり、環境選好の研究はこれまで景観などの問題において重要なデータを提供してきた。また、環境選好は人間の基本的ニーズや欲求を反映したものであり、その度合はあるデザインが社会に受け入れられる程度を反映していると考えることができる。 3. 研究の目的 本研究では環境選好を用いた調査を行ったが、その目的は次のようなものである。1) 持続可能性をめざしたデザインが景観等を考慮したデザインに較べて好まれない傾向にあるという指摘がこれまでにあった。しかしながら、持続可能性をめざしたデザインに対する環境選好の実証的研究はこれまでほとんど行われていない。ここで本研究では個人によって認識されたある環境の持続可能性の度合を計測し、この持続可能性の評価と環境選好との間の関係を調べる。 2) 環境選好と持続可能性の評価から持続可能性をめざしたデザインをいくつかのグループに分類し、その分類にどのような次元が潜在的に関わっているかについて推測する。3) 持続可能性をめざしたデザインに対する印象を調べる形容詞対への回答からそれらのデザインに対する認識パターンを調べ、どのような項目がその認識において重要な位置を占めているかを理解する。4. 研究の方法 日本の四大学において158名の学部学生を対象に調査が行われた。 11枚のカラー写真が被験者に示されたが、このうち9枚は持続可能性をめざしたデザインの例であり、2枚は持続可能でないと考えられるデザインの例である。これらの写真は持続可能性のためのさまざまな手法を幅広く取り込むように選ばれたものである。質問票においてそれぞれの写真に対する被験者の印象が10個の形容詞対(興味深い-つまらない、魅力的な-魅力的でない、自然な-構築された、乱雑な-整然とした、好き-嫌い、見捨てられている-手入れされている、効率の良い-効率の悪い、複雑な-単純な、目立つ-目立たない、美しい-美しくない)で計測された。次に同じ写真に対する持続可能性の度合に関する評価が6項目(自然エネルギーの利用、環境に対する負荷、周辺の生態系への影響、環境に配慮した行動との関連、省エネルギー、人々の環境問題に対する意識との関連)からなるスケールを用いて行われた。5. 結果と討論1) 環境選好と持続可能性評価との関係 図2にそれぞれの写真の環境選好と持続可能性評価の全参加者の平均値の分布を示す。この図からもわかるように環境選好と持続可能性評価の間には強い相関関係が見られる。持続可能性をめざしたデザインにおいて両者の相関係数は9枚の写真を対象にした場合0.941(p<.001)であり、158名の被験者を対象にした場合では0.342 (p<.001)であった。この関係が写真の持つ「自然さ」に仲介された疑似相関である疑いもあるが、自然さの認識を取り除いた偏相関においても両者の間に統計的に有意な相関関係が得られた。すなわち、今回使用された写真においてはその持続可能性の評価が高いものほど、環境選好の度合も高くなるということが示された。しかし一方で、持続可能でないデザインの二例はその持続可能性評価が低いにも関わらず、環境選好の度合は高くなっている。これらのイメージは文化的価値に適合しており、環境選好に影響を与える要因として文化的欲求に関する因子が働いていることを示唆している。2) 写真の分類 図3は階層的クラスター分析により環境選好と持続可能性の評価から11枚の写真を分類した結果を示したものである。クラスターIとIIIを区別する潜在的な基準としては持続可能性の写真からのわかりやすさが考えられる。クラスターIに属する写真が持続可能性に貢献していることがわかりやすいのに対し、クラスターIIIでは写真からそれを判断するのが非常に難しくなっている。クラスターIIとそれ以外は文化的に好まれているイメージかどうかという点が判断基準となっているように思われる。クラスターIIの写真は社会的地位や余暇などの文化的に重要と考えられている要因に関連しており、このような写真に対しては持続可能性の評価はほとんど影響を与えていないように見える。この結果から使用された写真においては「持続可能性の可視性」と「文化的な好みとの適合性」という二つの潜在的判断基準が共存していると推測することができる。3) 認識パターンの分析 表2は持続可能性をめざしたデザインに対する印象の因子分析の結果を示したものである。第一因子は好ましさ、興味深さ、魅力、美しさを含んでおり、この成分は「魅力」という名で代表できると考えることができる。また効率もこの因子に含まれており、効率的という認識が持続可能性をめざしたデザインの魅力に貢献していることが示されている。第二因子は整然さ、手入れの有無、自然さなどの項目からなり、「小ぎれいさ」と名付けることができる。この因子においては自然さが負の負荷量をもっており、自然の景色に存在する乱雑さのせいで、このような現象になったと考えられる。過去の研究において環境選好と自然さの間の相関関係が示されてきたが、本研究では両者の間に別の関係があることが示唆されている。6. 結論 本研究では持続可能性をめざしたデザインに対する環境選好と持続可能性の評価との間の相関関係が実証的に示されたが、環境選好に影響を与える構成概念が他にもいくつか存在することが示唆された。今後、持続可能性をめざしたデザインの認識に対するより包括的な理解を得るためには、本研究で示された構成概念との関係を調べるとともに、被験者側の諸変数(個人差)も考慮に入れた検討が必要であるといえる

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