- 著者
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橋本 保
初島 住彦
- 出版者
- 国立科学博物館
- 雑誌
- 筑波実験植物園研究報告 (ISSN:02893568)
- 巻号頁・発行日
- vol.10, pp.41-44, 1991-12
鹿児島県の標高100mにも達しない鶴田ダムの下方(南側)で大平豊氏が採集されたランである。Neottia (サカネラン属)の新種と認め,ここに発表する。本種の蘂柱の形を観察すると,花期には鈍三角形の柱頭裂片二っ(2片をあわせると,中央に凹みのある逆梯形に見える)と楕円形の小嘴体が共に直立し,葯はやや後方に反り,葯の下には短いが明瞭な花糸が,とくに発達初期の花で認められる。これらの形質のうち,花糸の存在はChen(1979)によればArchineottia属(日本からもA. japonica Furuseが発表されている)の重要な一形質であるというが, Neottia属には柱頭裂片や小嘴体が発達しないという。しかし本種以外の例では,前川(1971)がN. asiatica Ohwi (ヒメムヨウラン)に小嘴体と花糸が共にあることを図示している。これらの事実から考察し,その他の形態が各種類間で類似していることを勘案すると, Chen説による属の概念は再検討する必要があると思われる。属の基準種であり,かつまた類縁が近いと思われるN. nidus-avis (L.)L. C. Rich. (エゾサカネラン,冷温帯性)と比べると,本種は丈が低く,花軸と子房に腺毛があり,唇弁の先の裂片がさらに短い。N. nidus-avisの柱頭裂片は極めて短く,葯は蘂柱の上に直接乗っている(Rasmussen 1982)。中国・四川から発表されたN. brevilabris Tang & Wangは発表された記載や図からみると最もよく似た種類のように思えるが, N. brevilabrisは丈が40cmほどにもなり,花はより小さく(Tang & Wang 1951),柱頭裂片はほぼ円形という(Chen 1979)。日本の代表種であるN. papilligera Shltr. (N. nidus-avis var. manshurica Komarovサカネラン,冷温帯性)も丈は一般に高い。茎と花柄子房には密な腺毛があり,唇弁の先の裂片は細長くて両側に開いているし,柱頭裂片の発達も少ないので明かな別種である。