- 著者
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小西 達夫
- 出版者
- 国立科学博物館
- 雑誌
- 筑波実験植物園研究報告 (ISSN:02893568)
- 巻号頁・発行日
- vol.18, pp.1-51, 1999-12
最近,野生植物の生存が脅かされ,その繁殖と保存が望まれている。しかしながら,現状は生殖様式など基本的な問題すら不明なものが多く,その解明や保存法の確立が急務である。ヒスイカズラStrongylodon macrobotrys A. Gray (2n=28)はフィリピン諸島の限られた熱帯降雨林にしか自生しないマメ科の蔓性木本植物で,自生地では環境の悪化により絶滅が危惧されている。わが国には1964年頃より植物園などに導入されている。しかし,温室内での自然結莢は皆無であったことから,生殖様式を解明し,人工受粉ならびに組織培養技術による繁殖と保存法を進めた。主な結果は下記の通りである。1.本研究に供試したヒスイカズラは,シンガポールから東京大学理学部附属小石川植物園に導入された苗を母本とする挿し木苗の分譲を受け,筑波実験植物園熱帯降雨林温室内に植栽された株(TGB. ace. no. 33040)である。これまで,毎年開花するが,全く不結莢であった。2.花器構造ならびに花粉稔性などについて詳細に観察した結果,不結莢の原因は生殖器官の形態的異常によるものでは無いことを明らかにした。3.人工受粉を行って,受粉前と後の柱頭について詳細な組織・形態学的調査を行い,その結果結莢に成功した。特筆する点は,(a)開花時の柱頭周辺部には花粉が到達しているが,(b)柱頭先端部にはパピラ間より浸出したと思われるドーム状構造をしたクチクラ層が存在し,花粉のパピラへの接触を妨げている。この観察結果より,(c)柱頭先端部を指で突くことによりドーム状構造のクチクラ層を破壊し,花粉をパピラに到達させたことである。4.受粉が成立するためには,柱頭先端部のドーム状構造の破壊が不可欠であると考え,パピラに損傷を与えずにドーム状構造層を破壊し,花粉をパピラに到達させるトリッピングによる人工受粉法を考案した。この人工受粉法により結莢を得た。5.以上の結果,ヒスイカズラの自然条件下での結莢には,送粉動物が深く関与していると推察された。そこで,比較的自然に近い生態系を再現したミニ生態系モデル施設である長崎バイオパーク園内の熱帯館に,ヒスイカズラを植栽したところ,送粉動物による自然結莢が起こり,莢内の種子は発芽し次代植物が得られた。送粉動物として,同施設内に放飼されているヒインコが関与した可能性が高いと推察された。このことはヒスイカズラの種子繁殖にとって生態系を維持することの重要性を示唆する。さらに,これらの事実は,ヒスイカズラの受粉生態学に員献するものと考えた。6.ヒスイカズラの早期落莢は,胚珠内の胚の発育過程が正常に進んでいたことから不受精による結果ではないことが判明した。7.人工受粉で得られた種子は,採り播きですべて発芽したが,実生個体には約28%の高頻度でアルビノ個体が出現した。このことから,ヒスイカズラが自然にあってヘテロ個体として適応性を高めていたと推察された。したがって,ヘテロ性を維持させるために他家受精を可能とする自然環境下での送粉動物の必要性が強く示唆された。8.人工受粉により得られた個体は播種後4年目に開花し,これまで15株が開花した。花色を調査したところ,親より濃い個体が3,親と同色の個体が8,親より淡い個体が4に分離した。この結果,本実験に供したヒスイカズラが次代で遺伝的変異を生じ得るへテロ個体であることを示した。このことから,種子繁殖により,園芸的にも価値のある個体の選抜育成が可能であることが示された。9.組織培養はヒスイカズラの苗の生産にとって有効な手段であることを明らかにした。胚珠・胚培養では,落莢胚珠内の接合期,球状胚および若い子葉胚を含む胚珠の培養をMS培地(Murashige and Skoog 1962)で培養し,胚珠の発育には成功したものの発芽種子を得るには至らなかったが,落莢胚の救済の可能性を見出した。10.裂開前の莢より得た種子を無菌水のみで培養したところ,すべて発芽し,幼苗を得た。この幼苗は継代培養をしないでも子葉が肥大成長し,蔓も著しく伸長し,2年間以上生存し続けた。このことから継代培養を繰り返すことにより,さらに長期保存が可能であることを示した。以上の方法は短命種子であるヒスイカズラの繁殖と保存にとって,極めて有効であると考えた。また,種子からの幼苗育成法は自生地への復元作業を行う上で,極めて効率的であると考察した。以上,本研究におけるこれらの結果は,ヒスイカズラのみならず,他の絶滅危惧植物の繁殖と保存にとっても多くの情報を与えるものと確信した。