著者
林田 治男
出版者
大阪産業大学
雑誌
大阪産業大学経済論集 (ISSN:13451448)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.181-213, 2006-02-28

我が国の鉄道建設が具体化したのは,明治2年末の英国人;レイとの100万ポンドの借款契約とそれに基く建設計画である。この契約においては,外国人の雇用権,必要資材の購入権,組織の指揮命令権など悉くレイの手中にあった。幕末混乱期に外国奉行;小笠原長行が,米国人;ポートマンへ鉄道敷設権を付与した問題の処理に当って,維新政府担当者が日本側自主権の確保に苦心しながら交渉していたのと対照的である。錯雑した状況の中で,日本政府はレイが指名した代理人;トロートマンとの面会拒否,建設資金の「ロンドンでの公募」を廉にしたレイ契約の破棄宣告,オリエンタル銀行への問題処理の委託およびレイ契約の代理継承という一連の行動によって,徐々に鉄道建設・運営に関する管轄権,および外国人の雇用権を確保していった。これらの過程のうち本稿では,レイ借款が解約されていく状況を中心にその理由を明示しつつ詳述する。前兆として1870年4月(明治3年)からの,トロートマンへの異様な応対や,4月の英国公使;パークスの書簡から,その気配が察知できる。6月時点での「公募」情報入手後の日本政府の行動は,実に水際立っていた。レイがロンドンで「関税と鉄道収入を担保に」「300万ではなく100万ポンドを」(計画路線全体の建設資金としては300万ポンド程度必要で,100万にポンドに対しては担保が過大である)「公募」(少数の有力な資本家から内輪にではなく)したこと,および日本政府へは12%で貸付け,英国では9%で募集したことが資金提供者と建設担当者という二重の地位を使い分けた背信行為であることを論拠として日本側は解約を主張した。自主権の確保という重要な点は,表立って議論されていない。自主権確保を前面に押し出して解約あるいは契約内容の変更を要請しても,日本側に勝ち目はほとんどなかった。最終的にレイとは示談が成立し,オリエンタル銀行がその任務を引き継ぎ,鉄道建設に当たっていくこととなった。

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