- 著者
-
伊地知 紀子
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.69, no.2, pp.292-312, 2004
本論は、韓国・済州島の一海村・杏源里で人々が行う共同慣行、スヌルムとチェという生活実践の姿を通して、生活共同原理の創造性を描く試みである。済州島ではスヌルムとチェと表現される共同慣行は、韓国の農村研究のなかでそれぞれ「プマシ」と「契」と表現され、これらをめぐって数々の記述が蓄積されてきた。そこで、プマシとは労働力の相互交換であり、契とは農村の財政基盤や物的協力を支える伝統的利益集団として規定されてきた。こうして定式化されてきた共同慣行は、いぞれも共同体の構成要素として、社会変化とともに遺物となったり解体されたりするものと看做されてきた。しかし、本論では済州島での調査からの知見を踏まえ、定式化されえない共同慣行の姿から、人々がその時その場の必要に応じて、以前のやり方を踏襲したり、改変、解体し、再編しながら生活世界を共同で構築してきた姿を考察している。植民地化以降資本主義市場経済の浸透とともに、共同慣行は貨幣換算済みの世界へ参入する手立てともなってきた。しかし、日常の営みのなかで人々は多種多様なスヌルムやチェを実践しながら、貨幣換算済みの世界に回収しつくされない共同性を共有してきた。こうした生活実践のプロセスのなかで紡がれていく共同性は、共同慣行に直接参加する人同士を繋げるだけではなく、多様な関わりを生成していく。そのなかで人々は互いの事情を察しあいながら、共に現実に向き合う力を生成してきたのである。