著者
山崎 幹泰
出版者
一般社団法人日本建築学会
雑誌
日本建築学会北陸支部研究報告集 (ISSN:03859622)
巻号頁・発行日
no.51, pp.463-466, 2008-07-27

明治32〜大正2年まで、山中温泉へ温泉客を誘致するため、馬車鉄道が利用されていた。今回、加賀市内に当時の客車が二両、現存していることが確認された。そこで、この二両の実測を行い、同時に同鉄道に関する資料の収集を行った。二両に共通する特徴は、唐破風形の屋根、前後の扉、ロングシート型の座席であり、異なる点は車体の長さと、和風洋風の意匠の違いが見られる点である。また、御者台と台車は、ともに失われていた。

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