- 著者
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寺本 明子
- 出版者
- 東京農業大学
- 雑誌
- 東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
- 巻号頁・発行日
- vol.54, no.1, pp.37-44, 2009-06-15
キャサリン・マンスフィールドの短編「風が吹く」は,形式のレベルにおいて,一人の少女の繊細な感情と対応する戸外の風を扱っている。彼女はある風の強い日に様々な感情-不安,苛立ち,孤独,反抗,憧れ,共感など-を経験し,彼女の感情の一つ一つが自然現象である戸外の風と密接に係わっている。素材のレベルから見ると,作品の内容はマンスフィールドの祖国ニュージーランドの思い出である。彼女は19歳で祖国を後にし,二度と戻ることはなかった。しかしながら,彼女はニュージーランドでの幸せな生活を決して忘れなかった。彼女の弟が1915年ロンドンに訪ねて来た時,この姉弟は幸せな子供時代の思い出を語り合い,彼女は当然のように,思い出の日々を書くことを自分の使命と感じた。そしてこの作品は,絵画性や音楽性を特徴とするが,透明性をも示している。「風が吹く」を堀辰雄の『風立ちぬ』と比べると,両者に共通点が多いことがわかる。前者におけるように,後者でも戸外の風が主要登場人物の繊細な感情と呼応して描かれている。そして『風立ちぬ』では,風が作品の起承転結に沿って扱われている。これら二つの作品を風や他の背景を通して読む時,私はその中心的テーマが,叡智に基づく諦観であるということに気付く。