- 著者
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石原 美里
- 出版者
- 日本印度学仏教学会
- 雑誌
- 印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
- 巻号頁・発行日
- vol.58, no.3, pp.1144-1148, 2010-03-25
Mahabharata(Mbh)のプーナの批判校訂版(C.ed.)では,天女であるUrvasiとArjunaに関する一説話(U-A説話)が省略されている.本研究ではその説話成立の背景に関しさらに深い考察を加え,そこに浮かび上がる天女Urvasi像を解明することを主眼とする.まずC.ed.において,UrvasiはU-A説話以外に明確な人格を持った物語の主役としてMbhの表面に現れることはない.その点に関してだけでもU-A説話は特に独自性を持つ説話であると位置付けられる.また,Urvasi以外にも天女が登場する説話は数多く存在するが,それらは概ねステレオタイプ化された一定のモチーフの発展形と言える.ところが,U-A説話はそれらの天女関連説話とは大きく内容を異にする.主な相違点は二つ,Urvasiが自分の意志で積極的に相手を誘惑するという点と,誘惑を拒まれた為に激怒して相手を呪うという点である.唯一このモチーフと類似する説話がBrahmavaivarta Puranaに収められている.Brahmavaivarta Puranaは最新層に属するプラーナであり,そのモチーフの類似性からU-A説話の創作された時代が叙事詩時代よりも,プラーナ最新層時代により近いという可能性が指摘されうる.ゆえに,U-A説話に見られる天女Urvasi像は,古来の伝統的な天女像ではなく,非常に新しい時代における天女像を反映したものであると考える事が出来る.また,U-A説話が創作された時点ではすでに,ArjunaがUrvasiの夫,Pururavas王を祖先とする系譜に属するという暗黙の了解がなされている.しかしMbhが現在の形に整う以前の古い時代には,Pururavas王を祖先とするPaurava一族はKaurava一族とは全く別系統のものであった可能性がある.つまり,Pandava五王子の系譜の正統性を高めようと目論んだある人物が,ある時点においてPururavasをその祖先として位置付け,Paurava=Kauravaという構図をMbhの中に埋め込んだと推測できるのである.そのような側面からも,U-A説話はMbhがほぼ現在の形に整えられた後に付加された,かなり新しい時代の挿入部分であるということが言えよう.