著者
石原 美里
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.1138-1142, 2012

「スータ」という語はこれまで「御者」,「吟誦詩人」と訳されることが多かったが,多くのスータに関する叙述を収集・分析すると,その人物像は非常に曖昧で一貫性がなく,「御者」,「吟誦詩人」という一言では片付けられない複雑さを孕んでいる.本研究では,『マハーバーラタ』に登場するサンジャヤという王の側近であるスータが,ヴェーダ文献に見られるスータ像をある程度反映しているものと仮定して,そのスータ像の変遷を追った.このヴェーダ時代におけるスータ像は,『ヴィシュヌプラーナ』の中に収められているプリトゥ王神話におけるスータ起源譯にも反映されている.そこにおいてスータは,王のするべき行いを規定するような権力を有する王家の高官として描かれており,それを便宜的に「古型」と位置付けた.その後この「古型」は,バラモンらがスータを彼らの構想する4ヴァルナ社会に組み入れようとする際に,混合ヴァルナ身分としてのスータの裏付けとして様々に応用されたと考えられる.その一方で,スータが現実社会に存在しなくなった時代,『マハーバーラタ』の最終改編としてスータ・ウグラシュラヴァスの語りの枠が導入される.この際『マハーバーラタ』の編者らは,その語り手として「放浪の吟訥詩人」という新たなスータ像を創り上げたと推測される.その新しい語りの枠はいくつかのプラーナ文献にも採用され,その結果,放浪の吟誦詩人的スータ像と,古い伝承における王家の高官的スータ像が同文献内にも併存することになったと結論付けた.
著者
石原 美里
出版者
Japanese Association of Indian and Buddhist Studies
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.1138-1142, 2012-03-25 (Released:2017-09-01)

「スータ」という語はこれまで「御者」,「吟誦詩人」と訳されることが多かったが,多くのスータに関する叙述を収集・分析すると,その人物像は非常に曖昧で一貫性がなく,「御者」,「吟誦詩人」という一言では片付けられない複雑さを孕んでいる.本研究では,『マハーバーラタ』に登場するサンジャヤという王の側近であるスータが,ヴェーダ文献に見られるスータ像をある程度反映しているものと仮定して,そのスータ像の変遷を追った.このヴェーダ時代におけるスータ像は,『ヴィシュヌプラーナ』の中に収められているプリトゥ王神話におけるスータ起源譯にも反映されている.そこにおいてスータは,王のするべき行いを規定するような権力を有する王家の高官として描かれており,それを便宜的に「古型」と位置付けた.その後この「古型」は,バラモンらがスータを彼らの構想する4ヴァルナ社会に組み入れようとする際に,混合ヴァルナ身分としてのスータの裏付けとして様々に応用されたと考えられる.その一方で,スータが現実社会に存在しなくなった時代,『マハーバーラタ』の最終改編としてスータ・ウグラシュラヴァスの語りの枠が導入される.この際『マハーバーラタ』の編者らは,その語り手として「放浪の吟訥詩人」という新たなスータ像を創り上げたと推測される.その新しい語りの枠はいくつかのプラーナ文献にも採用され,その結果,放浪の吟誦詩人的スータ像と,古い伝承における王家の高官的スータ像が同文献内にも併存することになったと結論付けた.
著者
石原 美里
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.1144-1148, 2010-03-25

Mahabharata(Mbh)のプーナの批判校訂版(C.ed.)では,天女であるUrvasiとArjunaに関する一説話(U-A説話)が省略されている.本研究ではその説話成立の背景に関しさらに深い考察を加え,そこに浮かび上がる天女Urvasi像を解明することを主眼とする.まずC.ed.において,UrvasiはU-A説話以外に明確な人格を持った物語の主役としてMbhの表面に現れることはない.その点に関してだけでもU-A説話は特に独自性を持つ説話であると位置付けられる.また,Urvasi以外にも天女が登場する説話は数多く存在するが,それらは概ねステレオタイプ化された一定のモチーフの発展形と言える.ところが,U-A説話はそれらの天女関連説話とは大きく内容を異にする.主な相違点は二つ,Urvasiが自分の意志で積極的に相手を誘惑するという点と,誘惑を拒まれた為に激怒して相手を呪うという点である.唯一このモチーフと類似する説話がBrahmavaivarta Puranaに収められている.Brahmavaivarta Puranaは最新層に属するプラーナであり,そのモチーフの類似性からU-A説話の創作された時代が叙事詩時代よりも,プラーナ最新層時代により近いという可能性が指摘されうる.ゆえに,U-A説話に見られる天女Urvasi像は,古来の伝統的な天女像ではなく,非常に新しい時代における天女像を反映したものであると考える事が出来る.また,U-A説話が創作された時点ではすでに,ArjunaがUrvasiの夫,Pururavas王を祖先とする系譜に属するという暗黙の了解がなされている.しかしMbhが現在の形に整う以前の古い時代には,Pururavas王を祖先とするPaurava一族はKaurava一族とは全く別系統のものであった可能性がある.つまり,Pandava五王子の系譜の正統性を高めようと目論んだある人物が,ある時点においてPururavasをその祖先として位置付け,Paurava=Kauravaという構図をMbhの中に埋め込んだと推測できるのである.そのような側面からも,U-A説話はMbhがほぼ現在の形に整えられた後に付加された,かなり新しい時代の挿入部分であるということが言えよう.
著者
石原 美里
出版者
Japanese Association of Indian and Buddhist Studies
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.1144-1148, 2010-03-25 (Released:2017-09-01)

Mahabharata(Mbh)のプーナの批判校訂版(C.ed.)では,天女であるUrvasiとArjunaに関する一説話(U-A説話)が省略されている.本研究ではその説話成立の背景に関しさらに深い考察を加え,そこに浮かび上がる天女Urvasi像を解明することを主眼とする.まずC.ed.において,UrvasiはU-A説話以外に明確な人格を持った物語の主役としてMbhの表面に現れることはない.その点に関してだけでもU-A説話は特に独自性を持つ説話であると位置付けられる.また,Urvasi以外にも天女が登場する説話は数多く存在するが,それらは概ねステレオタイプ化された一定のモチーフの発展形と言える.ところが,U-A説話はそれらの天女関連説話とは大きく内容を異にする.主な相違点は二つ,Urvasiが自分の意志で積極的に相手を誘惑するという点と,誘惑を拒まれた為に激怒して相手を呪うという点である.唯一このモチーフと類似する説話がBrahmavaivarta Puranaに収められている.Brahmavaivarta Puranaは最新層に属するプラーナであり,そのモチーフの類似性からU-A説話の創作された時代が叙事詩時代よりも,プラーナ最新層時代により近いという可能性が指摘されうる.ゆえに,U-A説話に見られる天女Urvasi像は,古来の伝統的な天女像ではなく,非常に新しい時代における天女像を反映したものであると考える事が出来る.また,U-A説話が創作された時点ではすでに,ArjunaがUrvasiの夫,Pururavas王を祖先とする系譜に属するという暗黙の了解がなされている.しかしMbhが現在の形に整う以前の古い時代には,Pururavas王を祖先とするPaurava一族はKaurava一族とは全く別系統のものであった可能性がある.つまり,Pandava五王子の系譜の正統性を高めようと目論んだある人物が,ある時点においてPururavasをその祖先として位置付け,Paurava=Kauravaという構図をMbhの中に埋め込んだと推測できるのである.そのような側面からも,U-A説話はMbhがほぼ現在の形に整えられた後に付加された,かなり新しい時代の挿入部分であるということが言えよう.
著者
石原 美里
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.1160-1164, 2009-03-25

本研究では,Mbh 1.1.50に見られる「ウパリチャラから始まるバーラタ」という語が,Mbhのテキスト形成における重要な手掛かりになるとみなし,この語がヴァイシャンパーヤナの語りが開始されるMbh 1.54を冒頭とするMbhテキストを指したものであると推測する.一方,ヴァス・ウパリチャラ物語はMbh 1.57に語られ,そこでヴァス・ウパリチャラ王はヴィヤーサ仙の母であるサティヤヴァティーの実父,さらにクル王家の直接的な祖先として位置付けられる.しかし,Mbhの他の箇所,および他の諸資料において,ヴァス・ウパリチャラ王とクル王家はほぼ関連を持たない.この矛盾は,ヴァス・ウパリチャラ物語は元来Mbhの外の文脈に存在していたが,サティヤヴァティーの身分を王家に相応しいものとする為,さらにはマツヤ王家の正統性をも保証する為,あるMbh編者が幾分の改訂を加えた後,それをMbhの冒頭部(Mbh 1.54の直後)に挿入したと仮定することにより解決が可能である.その際,ヴァス・ウパリチャラ王の5人の息子に対する国土分割のエピソードは要約され,ヴァス・ウパリチャラ王によるサティヤヴァティーとマツヤ王の誕生のエピソードが新たに創作されたと考えられる.