- 著者
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宮田 彬
- 出版者
- 日本鱗翅学会
- 雑誌
- 蝶と蛾 (ISSN:00240974)
- 巻号頁・発行日
- vol.51, no.4, pp.281-286, 2000-09-30
1995年9月16日と17日の2日間にわたって,ドミニカ共和国サント・ドミンゴ市でシロチョウ科のクリコゴニアシロチョウ,Kricogonia lysideの西から東へ向かう大移動に遭遇した.その規模は実際に確認しただけでも南北に幅3.7kmにわたる蝶の帯が,2日間にわたって少なくとも合計10時間以上東へ向かって動いていた.初日はゆっくり観察する時間を取ることが出来なかったが,午前9時にはすでに移動が始まっており,午後遅くまで続いていた.蝶の大移動は海岸と平行して走っているワシントン通りを東へ約4km先の旧市街(Ciudad Colonial)までたどることが出来た.その先まで行くことが出来なかったが,もっと先まで続いていたことは間違いない.2日目の9月17日午前9時,3階の自宅の窓から南側を見ると白い蝶がまた西から東へ次々と飛んで行った.幸い3階の窓から見ると南側約100m先のショッピング・センター"プラザ・セントラル"の建物までは2階建てのビルの屋上になっておりまったく障害物がなかった.それでその間を通過する蝶の数を数えたところ1分間に25個体であった.南北の幅を調べるために歩いて出かけ,少なくともほぼ東西に走っているケネディ通りとワシントン通りの間(約3.7km)は蝶が続々と移動していることが分かった.ケネディ通りより先へは行かず引き返した.途中で捕らえた蝶は5種でいずれも移動に参加しており,どの蝶も狂ったように東へ東へ向かっていた.白い蝶はシロチョウ科のクリコゴニアシロチョウ,Kricogonia lysideで,この蝶は上述のように100m幅を1分間25個体通過した.2日目だけでも幅3.7kmの移動が5時間継続したとすると,移動した蝶の数は277,500に達する,この状態が2日間で合計10時間続いたと仮定すると蝶の数は約55万頭という膨大な数である.しかも飛来が続いた時間は実際にはもっと長く,個体数も初日の方がはるかに多かった.またケネディ通りのさらに北まで蝶が広がっていたことは間違いないので,実際に移動したクリコゴニアシロチョウの個体数は,百万あるいは二百万という驚くべき数に達したことになる.なお初日の移動は,JICA事務所の中島伸克所長によれば120km離れたアスアでも見られたという.その時も蝶は東方向へ向かって飛び続けていたという.もしその移動とサント・ドミンゴ市で2日間続いた移動が同一グループの蝶であったとすると,参加した蝶の数は数百万に達することになる.なお移動が続いた2日間は晴天で,ほとんど無風であった.2番目に個体数が多かったのはシロチョウ科のフォエビス・センナエ,Phoebis sennaeで,大ざっぱな見積もりであるが,クリコゴニアシロチョウの数の5%程度の個体数が移動したと推定された.また個体数は多くなかったが,時々タテハチョウ科のオイプトイエタ・クラウディア,Euptoieta claudiaやオイプトイエタ・ヘゲシア,Euptoieta hegesiaや,ドクチョウ科のヴァニラエウラギンドクチョウ,Agraulis vanillaeも,やはりクリコゴニアシロチョウと同じく東へ向かって飛んでいた.以上3種は市街地でも緑地があれば見られる蝶ではあるが,ふだんは道路上を東へ東へ飛んで行くようなことはないので,やはり移動していたとしか考えようがない.なおフォエビス・センナエは9-10月に郊外の道を車で走ると多数の個体が,次々と車の窓にぶつかって来るので,あたかも移動しているように見える.しかしこの現象は郊外から市街地へ入ると急に蝶が姿を消すので,真の移動とは考えられない.しかし私はドミニカ産のフォエビス・センナエの場合は,確かに移動している場合もあるのではないかと考えている.なぜなら昼食に都会の真ん中のわが家へ帰って窓の外を見ていると,この蝶も時々,東へ向かって次々と飛び去って行くのが見られるからだ,田舎で道路に沿って飛んでくるこの蝶に出会うのはよくあることなのだが,我が家から眺められる移動はいつも見られるわけではなく,またこの蝶の生息環境とはあまり関係がなさそうな市街地での現象であり,移動性の蝶であることは間違いないと思う.しかしその場合も多い目に見積もっても,この蝶の個体数は1分間に5頭以下であった.