- 著者
-
柳原 良江
- 出版者
- 日本生命倫理学会
- 雑誌
- 生命倫理 (ISSN:13434063)
- 巻号頁・発行日
- vol.18, no.1, pp.170-177, 2008
- 参考文献数
- 25
従来は一人の母親が有していた妊娠・出産の経験を、代理懐胎の形で他者に代行させることが社会に許容される行為であるかどうかについて、現在も議論が分かれている。本稿では、母親の経験から妊娠・出産経験が分断され、我々の母親概念の認識に影響を生じさせている状況を説明した上で、妊娠・出産の代行にともなう倫理的問題を検討する。母性からの妊娠・出産経験の分断は、代理懐胎の議論において、その経験を不在化させ、男親をモデルとした親子推定を女親に用いることを可能としている。また分断した経験には新たな意味が付与されて、女性の身体利用を容易なものとさせている。こうして元来の妊娠・出産経験は、もはや必須の経験ではないとみなされて、他者に代行可能な行為と考えられている。しかし従来、妊娠・出産経験は、その経験を参照されることで、人々の生命に重みを抱かせる作用を有してきた。そのため妊娠・出産の意味の変更は、我々の生命観を変容させる可能性を持つ。以上より、妊娠・出産の代行には、生命観の変容も視野に入れた、より慎重な議論が必要であると結論づける。