著者
柳原 良江
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.223-232, 2007
参考文献数
17
被引用文献数
2

欧米諸外国では1980年代より同性愛カップルが養子縁組をしたり、人工授精を経て妊娠・出産して得た子を育てる場合がみられており、近年わが国でも同様の事例が見られるようになってきた。本研究では、当事者への聞き取り調査を通じて、わが国での現状を把握するとともに、一般化する生殖医療がもたらす課題について検討する。調査協力者は子育てをしている女性同性愛者カップル2組であり、ともに人工授精を試み、1例は妊娠・出産したが、もう1例は妊娠には至らず、米国人のパートナーへ国際養子縁組を迎えている。彼女たちの子育ては、親族や地域の人々の支援を得ながら行われているが、それはわが国では、協力者たちが例外的存在として捉えられているためであり、同性愛者の子育ては、未だ不可視的な状態だと考えられる。本調査の結果は、わが国でも今後は、生殖と個人の性的状況との関わりを問うことの重要性を示すものとなった。
著者
柳原 良江
出版者
Waseda University
巻号頁・発行日
2003-01

制度:新 ; 文部省報告番号:甲1697号 ; 学位の種類:博士(人間科学) ; 授与年月日:2003/3/15 ; 早大学位記番号:新3373
著者
柳原 良江
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.79-92, 2019

<p> 代理出産は1976 年に米国で発明された商業的な契約である.当時の批判的な世論に影響された結果,商業的要素の低い人助けとしての位置づけがなされた.その後ベビーM事件により下火となるも,1990 年代に体外受精を用いる形で普及し,2000 年代からは生殖アウトソーシングと呼ばれる越境代理出産が流行し,世界的な一大市場を形成してきた.</p><p> このような代理出産には,乳児売買,かつ女性の赤ちゃん工場化であるとの批判がなされてきたが,後者は女性の〈妊娠・出産というサービス〉と解釈されることで,身体の商品化を免れるレトリックが構築されてきた.しかし代理出産の現状は,それが女性の生命機能全体の商品化であることを示している.</p><p> これら代理出産を支える論理は,生命科学知により分節化されつつ発展する「生-資本」が機能する社会の中で構築されている.そして代理出産市場は,このような社会で人の潜在的な〈生殖可能性〉を喚起しながら拡大を続けている.</p>
著者
柳原 良江
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.79-92, 2019-04-20 (Released:2020-04-20)
参考文献数
21

代理出産は1976 年に米国で発明された商業的な契約である.当時の批判的な世論に影響された結果,商業的要素の低い人助けとしての位置づけがなされた.その後ベビーM事件により下火となるも,1990 年代に体外受精を用いる形で普及し,2000 年代からは生殖アウトソーシングと呼ばれる越境代理出産が流行し,世界的な一大市場を形成してきた. このような代理出産には,乳児売買,かつ女性の赤ちゃん工場化であるとの批判がなされてきたが,後者は女性の〈妊娠・出産というサービス〉と解釈されることで,身体の商品化を免れるレトリックが構築されてきた.しかし代理出産の現状は,それが女性の生命機能全体の商品化であることを示している. これら代理出産を支える論理は,生命科学知により分節化されつつ発展する「生-資本」が機能する社会の中で構築されている.そして代理出産市場は,このような社会で人の潜在的な〈生殖可能性〉を喚起しながら拡大を続けている.
著者
柳原 良江
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.48-55, 2001
参考文献数
14

男性中心主義は、女性の生殖能力の保存を成立基盤としており、長い間、女性のセクシュアリティの管理を行うことで、その維持を図ってきた。しかし医学や科学技術の発展により、生存様式が変化しつつある現在、過剰に女性の生殖機能を重視する男性中心主義は、もはや有効性を失ったといえる。性交は二者間で身体摩擦を与えあう現象と捉えられるが、その行為を成立させる必要条件と、行為の間に各自が受け取る感覚によって、当事者は「自己」に影響を受ける。女性においては「自己」への影響が、男性中心主義の文脈で解釈される事により、男性中心主義的社会システムの維持に利用されてきたと考えられる。また、この過程は、生活において避けられないものとして隠蔽され、女性の人権侵害を行っている。しかしそれは、性行為が男性中心主義を維持し続けるための巧妙な装置である状況を示していると言えよう。
著者
柳原 良江
出版者
東京大学グローバルCOEプログラム「死生学の展開と組織化」
雑誌
死生学研究 (ISSN:18826024)
巻号頁・発行日
no.13, pp.152-182, 2010-03

This paper attempts to clarify how Japanese mass media described gestational surrogacy by focusing on the narratives of surrogate mothers in the articles of popular magazines. The subjects of this analysis are the articles published from June 1981 - around the time when the first articles began appearing - to May 2008. In these articles, gestational mothers were mostly described by people who benefited from their gestation. These people included clients, agents, and a doctor involved in gestational surrogacy in Japan. Through their narratives, gestational mothers in the media are recognized in mainly three aspects.<改行> First, the following perceptions exist about gestational mothers: (l) Gestational mothers are transcendent and are beyond ordinary people. (2) Their existence is holy. (3) They represent the epitome of self sacrifice. These three concepts come from the myth of motherhood that is associated with the sexist portrayal of a woman's role in the society. Second, there are two aspects to the portrayal of the gestational mothers'bodies: (1) metaphors are used for wombs as objects, though a womb is a part of a living body, and (2) while few articles did mention gestational mothers'physical experiences, these experiences were not that focused upon. It is under these perceptions that their bodies are considered as items that should be traded in the market. Third, gestational mothers'personal characters are not mentioned at all.<改行> Popular sentiment (seron), created by the media, is often referred to as the more legitimate opinion in Japan when people consider gestational surrogacy; however, this research indicates the seron is actually organized as mentioned above. Hence, one should be careful when referring to these opinions while considering surrogacy more objectively.