著者
末永 恵子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.52-59, 2009-09-22 (Released:2017-04-27)
参考文献数
31

「人体の不思議展」は、プラスティネーションという技術で作製された人間の死体の標本を有料で一般公開する展示である。本稿は、同展の倫理的問題点について考察することを目的とする。死体には尊厳が存するので、安易な利用は許されず、相当の目的と意義が認められる利用に限定されるべきである。同展は、教育的展示を謳っているものの、標本の展示方法に問題があり、かつ教育効果についても疑問である。中国における献体といわれる標本の由来にも不透明な部分が多い。そもそも日本では現行法によって無償の「献体」を展示商品とすることは、不可能である。よって、同展は日中間の法律の間隙をぬって開催されていることになる。研究・教育用に真に必要な遺体供給の条件を整えるためにも、提供者の厳密な意思確認や倫理的条件を明記した法律が不可欠である。このような法の構想のためにも、現行法の間隙をついて開催される同展の倫理的問題点を抽出すことは、必要な作業であろう。
著者
柳原 良江
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.223-232, 2007-09-20
参考文献数
17
被引用文献数
2

欧米諸外国では1980年代より同性愛カップルが養子縁組をしたり、人工授精を経て妊娠・出産して得た子を育てる場合がみられており、近年わが国でも同様の事例が見られるようになってきた。本研究では、当事者への聞き取り調査を通じて、わが国での現状を把握するとともに、一般化する生殖医療がもたらす課題について検討する。調査協力者は子育てをしている女性同性愛者カップル2組であり、ともに人工授精を試み、1例は妊娠・出産したが、もう1例は妊娠には至らず、米国人のパートナーへ国際養子縁組を迎えている。彼女たちの子育ては、親族や地域の人々の支援を得ながら行われているが、それはわが国では、協力者たちが例外的存在として捉えられているためであり、同性愛者の子育ては、未だ不可視的な状態だと考えられる。本調査の結果は、わが国でも今後は、生殖と個人の性的状況との関わりを問うことの重要性を示すものとなった。
著者
長瀬 修
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.125-129, 1997-09-08
被引用文献数
2

ろう児への人工内耳手術が論争を呼んでいる。人工内耳手術とは内耳に小さな電極を挿入し、音を電気信号に変換、聴神経に直接、電気刺激を伝える不可逆的な手術である。ろう者の組織の多くは各国でろう児への人工内耳手術に反対する運動を繰り広げ、95年の世界ろう者会議は「ろう児に人工内耳手術を勧めない」と決議した。手話を確固たる言語として認識する動きと、ろう文化の主張が背景にある。日本でも93年の「Dプロ」の結成を契機にろう文化運動は上げ潮である。ろう児への人工内耳手術に対しては、(1)現技術レベルの人工内耳は中途半端であり、音声言語、手話言語共に身につかないという批判と、(2)聴者である親が本人の自己決定抜きで、ろう者を聴者に変えようとするのは許されないという倫理的な批判がある。ろう者としての独自の世界があることを、聴者の親に伝える努力が求められている。ろう者自身の組織から、ろう児の親への積極的な情報提供、相談の役割が期待される。
著者
菊井 和子 山口 三重子 渡邉 美千代 白岩 陽子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.120-126, 2005-09-19

医療が宗教と乖離した今日でも、ホスピスでは宗教者がケアチームで重要な役割を担っているが、仏教僧侶の関与についての報告は少ない。本研究は仏教僧侶の終末期ケアへの参加状況について調査し、その現状と将来への展望を明らかにすることを目的とする。調査対象は中国地方真言宗青年会の僧侶で、29名中23名(79.3%)が回答した。約3分の2が何らかの形で終末期患者・家族に援助をした経験を持っていたが、彼らはそれを医療と関連のある活動とは認識していなかった。死については、仏教の教えを説くよりも現代社会に受け入れやすい言葉で助言をする者が多かった。今後の活動として、日頃から壇信徒と交流を持ち、相談相手になることに意欲を示していた。全人的ニーズに対処するには宗教的ケアは重要であり、特にグリーフケアは仏教僧侶に最も適した領域と考えられる。終末期ケアに関する僧侶の継続的な研修と並行して、社会も僧侶に活動の場を拓くことの必要性が示唆された。
著者
吉田 一史美
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.150-158, 2016 (Released:2017-09-30)
参考文献数
26

本稿は、1950年代に乳児院収容児に対して行われた2 つの人体実験、名古屋市立大学医学部の特殊大腸菌感染実験および神戸医科大学医学部の乳児栄養実験を取り上げる。これらの事例について、乳児院、医学者や関連産業をめぐる背景を検討し、人体実験が問題化された経緯と文脈をたどる。産婆による乳児保護システムの解体、第二次大戦中からつづく細菌学実験の系譜や、隆興する乳児栄養産業の影響等の条件が重なった結果、一部の大学病院内の乳児院で引き取り予定のない収容児等に対する人体実験が行われた。実験の告発は、小児科医や看護師によって行われ、日本弁護士連合会や神戸地方法務局が調査を実施し、「(基本的)人権の侵害」であると非難された。また法学者によって刑法学上の責任追及の可能性も示唆された。
著者
末永 恵子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.52-59, 2009
参考文献数
31

「人体の不思議展」は、プラスティネーションという技術で作製された人間の死体の標本を有料で一般公開する展示である。本稿は、同展の倫理的問題点について考察することを目的とする。死体には尊厳が存するので、安易な利用は許されず、相当の目的と意義が認められる利用に限定されるべきである。同展は、教育的展示を謳っているものの、標本の展示方法に問題があり、かつ教育効果についても疑問である。中国における献体といわれる標本の由来にも不透明な部分が多い。そもそも日本では現行法によって無償の「献体」を展示商品とすることは、不可能である。よって、同展は日中間の法律の間隙をぬって開催されていることになる。研究・教育用に真に必要な遺体供給の条件を整えるためにも、提供者の厳密な意思確認や倫理的条件を明記した法律が不可欠である。このような法の構想のためにも、現行法の間隙をついて開催される同展の倫理的問題点を抽出すことは、必要な作業であろう。
著者
伊藤 幸郎
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.25-31, 2002-09-17 (Released:2017-04-27)
参考文献数
7

20世紀末から医学界に流行したEBMは、複雑な現実世界に決定論的因果関係を求める代わりに、着目する集団に見られる諸現象の特性を確率論的な関係として明らかにする。EBMは19世紀に起こった実証主義に端を発する方法論で、帰納論理に基づいているから、その結果はだれでも納得するエビデンスとして示される。EBMは医療の標準化に役立ち、臨床医学の予言が確率的でしかないことをわれわれに自覚させるという点で意義がある。従来の機械論的生物医学とEBMとは科学的医学の車の両輪である。しかし科学は人生の価値や意味に中立的で、確率論的な予測を提供するのみである。EBMは人生にとって価値あることのために利用すべき道具なのだ。
著者
遠矢 和希
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.71-78, 2009-09-22
参考文献数
43

ART(Assisted Reproductive Technology)を利用できる成人の法的制限について、諸外国では議論になっている。性的マイノリテイの家族形成権について欧米ではそれぞれに法的対応をとっており、ARTを利用した性的マイノリティの挙児・育児は盛んである。親のセクシャリティと子どもの発達に関する研究においては性的マイノリテイの育児には問題がないとする結論が多いが、多数派の価値観からマイノリティを判断する限界もあるという。一方わが国における性的マイノリティの状況と法制度を鑑みても、同性カップルがARTにより挙児・育児に至る可能性のあるパターンは5つある。欧米の性的マイノリティの家族形成権の法整備は(1)宗教的・文化的問題、(2)子どもの福祉や健全な発達の問題、(3)国際政治的問題などによって各国で判断されていると推察され、日本でのARTに関する法整備においても性的マイノリティへの視点が必要であると思われる。
著者
大桃 美穂
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.51-58, 2012-09-19

日本では、医療機関で死を迎える患者が増加し、医療者は従来以上に望ましい死'good death'を主題化して取り組む必要が生じてきた。長年の透析生活の末に終末期を迎える維持透析患者は、いくつかの点で終末期のがん患者とは異なる問題に直面している。最も深刻な問題は、現在行っていない治療、例えば人工呼吸器装着や心臓マッサージを行わないなど、DNR (do not resuscitate)の方針について意思を表明することだけではなく、透析という長年続けてきた治療・生活を変化もしくは中止するといった現行から「差し引く」治療法の選択を考えなければならない点である。本稿では、慢性期から終末期へと向かう維持透析患者とその家族にとって、あるべき死への準備教育'death education'と看取りケアについて考察する。死への準備教育'death education'とは、人生の最期にむけて自分らしく生きること、これを患者・家族・医療者が共にめざすとりくみである。この教育が緩和ケアとして、死にゆく人特有の苦悩や苦痛の軽減に作用することを期待したい。
著者
土屋 貴志
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.125-129, 1994-10-20 (Released:2017-04-27)

オーストラリアの哲学者ピーター・シンガーは選好功利主義に立って、重い障害をもつ新生児の安楽死を擁護するが、この主張はドイツ語圏の人々に、ナチスの「安楽死」の苦い記憶を想起させることになった。シンガーを招いたシンポジウムは障害者を中心とする広汎な抗議行動のために軒並み中止に追い込まれ、ドイツのマスコミはシンガーを「ファシスト」呼ばわりした。攻撃はさらに生命倫理学や応用倫理学、果ては分析哲学全般にまで飛び火し、これらの分野の研究者は学問的生命すら危ぶまれている。日本国内にも、バイオエシックスを弱者を切り捨て生命操作を押し進めるためのイデオロギーとみなす見方が一部にある。「シンガー事件」は、バイオエシックスの本質と意義を再考し、今後の日本の生命倫理学のあり方を考える上で、看過できない重大な問題を提起している。
著者
小椋 宗一郎
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.207-215, 2007-09-20

ドイツでは、医学的に適応がある場合等を除き、中絶手術の少なくとも3日以前に「妊娠葛藤相談」を受けることが法的に義務付けられている。この相談に関しては少なくとも二つの問題が指摘されている。第一に、自発的対話を旨とする相談が法的に義務付けられているという問題がある(「強制としての相談」)。第二に、同相談は「〔胎児の〕生命保護」を目的とすると同時に、「〔相談後に女性たちが出産か中絶かの決断をすることについて〕結果を問わない」ものでなければならないとされる点について議論がある。本論文は、相談の現場に即してこれらの問題について考察する。ドイツのカウンセラーたちによると、実際、これらの問題は実務上の困難をもたらしている。しかしその困難は、カウンセラーと来談者による「率直さ」へ向けた努力によって乗り越えられうる。われわれはこの相談を、生命保護と同時に妊娠した女性たちの援助へ向けたドイツの人々による長期的な努力として理解することができる。
著者
大河原 良夫
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.169-177, 2006-09-25

法律が、患者の権利として、患者意思を尊重しその意に反する治療はできないとしているとき、患者はどの程度までの治療拒否ができるのか、生命に危険がある場合まで治療拒否ができるか。この問題は、フランスで最近まで未解決であった。2002年3月4日、患者の権利法が制定され、治療拒否権が新たな形で登場した。しかしその直後、これに抵抗するような形で、エホバの証人輸血拒否事件に関するコンセイユ・デタ2002年8月16日判決(命令)が、輸血断行は、説得など一定の要件を満した場合、自己決定権を侵害しないという判断を示した。これによって、同法制定以降も、患者の自己決定権は、「ハーフトーンの基本的自由」に留まるものとなったが、医業倫理法等との関係で、これらの規範抵触が、やはり医師を微妙な立場におくことに変わりはなく、2002年法は判例の流れを断絶しえなかった。しかし、フランス医事法(学)がこれまで積み上げてきた患者の諸権利を考慮するならば、この判決の射程は拡張されるべきでない。
著者
加藤 尚武
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.11-16, 1999-09-13
被引用文献数
3

日本国憲法13条の求める「個人としての尊重」「個人の尊厳」は、クローン人間を生むことを否定しているから、刑法によってそれを禁止すべきであるという意見を批判することが、本稿の目的である。核移植で加藤尚武のクローンを作れば、そのクローンは加藤尚武と年齢も生育環境も歴史的環境も異なる。オリジナル人間とクローン人間は完全に識別可能である。もしも遺伝的にDNAがひとしい人を生むことが、禁止の対象になるなら、当然、一卵生双子の出産も禁止すべきである。クローン人間禁止論者は、クローンとオリジナルが明確に識別可能でもDNAが同じなら個体性を侵害している、自然的な同一DNA個体(双子)の出生は違法ではないが、人為的に同一DNA個体(クローン)を生むことは違法であると主張する。
著者
土屋 敦
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.190-197, 2007-09-20

本稿の目的は、1960年代半ばから1970年代初頭にかけて全国地方自治体で展開された「不幸な子どもの生まれない運動」の内実及び、この「障害児」の出生抑制政策がこの時期興隆した社会構造的要因を明らかにすることを通じて、そこにこの時期日本社会における優生政策の再興隆の契機が存在したこと、そしてこの運動が日本の優生政策上の一つの転換点を画する運動として存在した事実を跡付けることを目的とする。また、同時期に、この政策が導入された社会的土壌及び「障害児」の出生抑制が「必要」とされた同時期の社会構造的要因を明らかにすることにある。
著者
鶴若 麻理
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.90-97, 2008-09-21 (Released:2017-04-27)
参考文献数
18
被引用文献数
1

本論文は、台湾の楽生療養院で暮らす元ハンセン病患者14名への聞き取りを通して、強制収容や強制隔離の実態などを当事者の語りから明らかにすることを目的とした。聞き取りによって、日本が台湾を占領していた時代から、それ以後の中華民国政府によっても、継続的な強制収容・隔離政策(〜1960年代前半まで)が実施されてきたことは否定できない。また複数の対象者の証言から、戦後は全面的な外出禁止ではなかったものの、1970年頃まで行動の自由が著しく制限されていたことが示された。対象者は現在の不安としては、高齢化に伴う介護問題と楽生療養院の取り壊しをめぐる諸問題を挙げた。特に楽生療養院の取り壊しをめぐる元患者による反対運動は、自らの生きた証を守り残そうという人としての尊厳を回復する運動として捉えられよう。
著者
土屋 敦
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.190-197, 2007-09-20 (Released:2017-04-27)
参考文献数
10

本稿の目的は、1960年代半ばから1970年代初頭にかけて全国地方自治体で展開された「不幸な子どもの生まれない運動」の内実及び、この「障害児」の出生抑制政策がこの時期興隆した社会構造的要因を明らかにすることを通じて、そこにこの時期日本社会における優生政策の再興隆の契機が存在したこと、そしてこの運動が日本の優生政策上の一つの転換点を画する運動として存在した事実を跡付けることを目的とする。また、同時期に、この政策が導入された社会的土壌及び「障害児」の出生抑制が「必要」とされた同時期の社会構造的要因を明らかにすることにある。
著者
田中 美穂 児玉 聡
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.107-114, 2016 (Released:2017-09-30)
参考文献数
38

日本において「尊厳死」法案が提案された背景には、医師による生命維持治療の中止行為が社会的・法的に問題となり、医師の行為の適法性の要件が医療的・社会的に喫緊の検討課題とされたという状況がある。最高裁まで争われた川崎協同病院事件は、当判決・決定の法的な含意が十分に理解されずに解釈されている可能性がある。そこで、当判決・決定に関する法律家の評釈を分析した結果、①治療中止の許容要件として示された「患者の自己決定権の尊重」と「医療者の治療義務の限界」の関係性が不明確であること、②家族等による患者の意思推定や代理決定の是非、③治療中止と差し控えは同等か否か、といった論点が抽出された。終末期における治療中止を許容する法律の是非について国会も含めて広く議論するべきである。また、家族等による同意や決定のあり方や、患者の選択を支援する仕組みについても十分に検討する必要がある。
著者
鶴若 麻理 岡安 大仁
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.91-96, 2001-09-17
被引用文献数
2

近年、特にターミナルケアの分野で、スピリチュアルケアに関心が集まっている。「スピリチュアル」という概念が、わが国の文化や伝統の中で、どのように展開されていくのか、また患者の「スピリチュアリティ」を把握するために、日本での客観的な尺度を作成する必要があるなどの議論がなされている。しかしながら、それらの議論をより充実させるためには、まず、欧米のホスピスケア理念において、「スピリチュアル」という概念が、いかに展開されてきたのか、またどのようなスピリチュアルケアに関する研究がなされているのかを、改めて検討する必要があると考えられる。そこで本稿では、実際欧米では、ターミナルケアの領域を中心にして、どのようなスピリチュアルケアに関する研究が行われているのかを、文献を通して報告し、今後のわが国のスピリチュアルケア研究の一助とすることを目的とした。
著者
鶴若 麻理 岡安 大仁
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.58-63, 2000-09-13
被引用文献数
1

筆者(鶴若)が行ったチャプレンを中心としたインタビュー調査によると、わが国の末期がん患者に対するスピリチュアルケアは、一部のホスピスや病院において意欲的に取り組まれているが、必ずしも組織的・効果的に展開されているとは言えなかった。従って現状では医師や看護婦が、具体的支援を検討することが期待された。具体的支援を行うためには、まずスピリチュアル・ニーズがどのように表現されるのか検討する必要があろう。そこで、本稿では(1)日本死の臨床研究会年次大会の演題の推移から、我が国のスピリチュアルケアの概念の形成を分析した。(2)『看護学雑誌』(医学書院)および『がん看護』(南江堂)におけるスピリチュアルケアに関する論文を調べた。(3)筆者がホスピスボランティアとして関わった末期がん患者との対話から、スピリチュアル・ニーズとは具体的にどのように表現され、また身体的、社会的、心理・情緒的苦痛とどのように関連しているものなのかを検討した。
著者
小西 恵美子 デービス アンJ
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.84-91, 2000-09-13
被引用文献数
4

「死ぬ権利」とは、終末期の患者が、さらなる治療を拒否して死を早めることを自らの意思で決定できる権利をさす。「死ぬ義務」とは、終末期の患者や老人は、家族の負担や医療コスト等の社会的要因から、延命のための治療は拒否して死を早める義務があると感じることである。日本、欧米の生命倫理に関心をもつ看護婦、医師および生命倫理学者それぞれ121名、64名を対象に、この二つの概念に対する意識を調査した。結果、死ぬ権利は欧米は全員、日本も大多数が支持した。死ぬ義務については、欧米の支持率は高かったが、日本は支持しない人のほうが多かった。自由記述からしばしば出現したテーマは、「自己決定」、「命の意味」、「公正」、「患者と家族との愛」である。それらの意味の両群の相違点と類似点を探索し、終末医療の問題をかかえる日本と欧米が相互に学ぶ必要を示唆した。