- 著者
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満田 久義
Mulyanto
Rizki M.
- 出版者
- 佛教大学
- 雑誌
- 社会学部論集 (ISSN:09189424)
- 巻号頁・発行日
- vol.46, pp.79-96, 2008-03-01
マラリアは,毎年2億から3億人の患者と,150万から200万人の死者を出す人類にとって最悪の感染症の一つである。日本では稀な病であるからといって,21世紀の地球社会で,毎日3千人もが犠牲になる悲劇に無関心のままでよいだろうか。マラリア問題の解決は,アジアやアフリカだけではなく,人類共有の課題であり,先進国の責任は重い。マラリアは,感染経路や発症メカニズムの医学的研究が進み,治療や予防が可能となっている。ではなぜ,現在もエイズに匹敵するひどい被害が続いているのだろうか。マラリア問題の根底には,医学的な要因だけでなく,劣悪な衛生環境や栄養状態,経済的貧困,社会資本不足,ジェンダー差別,教育の欠如など,人間貧困の悪循環からくる生存権のはく奪状況があるのだ。インドネシアでは,2005年の異常気象で,雨期の11月から3月にかけて激しい集中豪雨が襲った。洪水はマラリア原虫を運ぶハマダラ蚊の大発生を引き起こし,マラリア感染がアウトブレイク(大爆発)した。森林やラグーン(潟湖)の乱開発,都市化と工業化など社会変化による複合要因もアウトブレイクの背景にある。われわれは2006年4月から3年計画で,インドネシア国立マタラム大医学部と国際共同研究「マラリア・コントロール・プログラム」を進めている。そして,バリ島の東にあるロンボク島で,マラリア感染の社会疫学的調査(CBDESS)を実施した。同島では05年のアウトブレイクで,千人以上が感染し多くの死者が出たといわれている。CBDESS調査では,マラリア被害のあった村々の一軒ずつを訪ね,992人の世帯代表者から聞き取り調査を行った。87%の世帯で,貧しさから5歳までの子どもを入院させることができずに亡くしていた。また,半数以上が学校に行っていないか,小学校すら卒業していないなど,教育が欠けている状況だった。マラリアの知識も6割になく,夜間にシャワーやトイレを屋外でするなど感染の危険に身をさらしていた。調査結果を統計解析すると,収入や教育レベルの低さとマラリア感染の危険性とが深く関連していることが明らかになった。これまでのマラリア対策は,発生源のハマダラ蚊の撲滅とマラリア患者の早期発見と治療が中心だった。しかし,今回のアウトブレイクに関する社会疫学的研究は,従来の対策を根本的に見直すことが必要なことを示している。マラリアの被害を抑えるためには,貧困な地域での経済対策や教育の向上によって,母子の健康状態を良くしたり,感染を防ぐ生活習慣を広めることが重要だ。これは人間社会の問題であり,マラリアに対抗できる地域力を高める「コミュニティ・エンパワメント」が求められている。異常気象は,地球温暖化の影響の可能性があると指摘されている。そうであるなら,集中豪雨がもたらしたマラリア・アウトブレイクは,豊かな先進国のしわ寄せを途上国の最も貧しい人々,とくに子どもが受けたことになる。日本ができることは,経済的支援以外にも,たくさんあると考えている。たとえば,自らが村に入って,マラリア教育の手助けをすることもその一つだ。自分たちの行動が子どもの命を救うことを実感できれば,生きる意味を見失っている日本の若者やシニアにとっても,得難い体験になるにちがいない。マラリアから子どもを守る活動への支援の輪を広げていきたい。