著者
満田 久義 Mulyanto Harahap H.S. Rizki M. Syahrizal B.M. Yudhanto D.
出版者
佛教大学社会学部
雑誌
社会学部論集 (ISSN:09189424)
巻号頁・発行日
no.50, pp.1-15, 2010-03

本稿は,2005年にマラリア・アウトブレイクの発生したインドネシア東ロンボク島で実施したマラリア血液検査データとマラリアに関する住民意識と行動の社会疫学調査(CBDESS,2006)のデータを解析し,マラリア・アウトブレイクの因果関係を実証的に明らかにしようとするものである。2005年の東ロンボク島アウトブレイクは,NTB州政府報告によると,1443名の罹患者と14名の死亡が公式確認され,その75.2%は熱帯熱マラリアであった。マラリア蔓延の発生源は,Korleko地区の石灰工場の労働者だと推測されている。同島では,マラリア・アウトブレイクはこれまでも頻発していたが,2005年の場合は,ほとんどコントロールが利かず,いくつかの地区では,医療体制の崩壊に襲われた。さらに,この石灰工場の多くの労働者は,地方からの出稼ぎ労働者であったために,マラリア発生源として帰郷し,このことが従来は全くのマラリアフリーだった山間僻地における新たなマラリア感染拡大の原因となった。本研究では,マラリア感染率(AMI)を被説明変数とし,98の社会学的変数を説明変数として用いて,マラリア感染拡大の地域間比較分析をする。その分析結果によると,マラリア感染は経済貧困と教育問題,とくにマラリア教育の不足が顕著な要因であることが分かった。マラリア対策に関連して,抗マラリア薬の耐性問題や媒介生物のハマダラ蚊駆除の困難性のほかに,マラリア教育に関する社会的解決の重要性についても議論を深めている。マラリア・アウトブレイクインドネシア・ロンボク島社会疫学調査
著者
満田 久義 Ansyori M.I Cenderadewi M. Fathana P.B. Gerundug I.K. Suryani D. Wiguna P.A.
出版者
佛教大学
雑誌
社会学部論集 (ISSN:09189424)
巻号頁・発行日
vol.57, pp.1-18, 2013-09-01

インドネシア西ヌサテンガラ州の東ロンボク島では,2005 年にマラリアアウトブレイクが発生し,数多くの犠牲者を出した。しかし近年では,マラリア感染者数は減少し,犠牲者はゼロとなった。特に,マタラム大学医学部ムリヤント教授と佛教大学社会学部満田教授との国際共同研究「マラリア・コントロール・プログラム」における「マラリア感染拡大に関する社会疫学調査(CBDESS I and II, 2006?08)」の対象地区で,極めて高度なマラリア感染地域であったPijot, Tanjung Luar,Batunampar, Sukuraja の4 地区では,同プログラムの効果も相まって,現在,マラリア患者は激減している。同調査報告書(社会学部論集第45 号,46 号,48 号,50 号:2007, 2008, 2009,2010)では,マラリア対策におけるマラリア教育の重要性が指摘され,また同地区での予備調査(2011)では,小学生の69.3% がマラリアに関する知識が不足していることが実証された。そこで,「マラリア・コントロール・プログラム」では,2012 年から「持続可能なマラリア教育メソッド(Mataram University Method forSustainable Malaria Education: MUM/SME)」の開発と実践プロジェクトをスタートした。本プロジェクトでは,小学生がマラリアの医学的知識を学習する独自のメソッドを開発し,Health Messenger として学校や家庭,コミュニティにおいてマラリア予防のために活躍できる教育システムの構築を目標としている。「持続可能なマラリア教育メソッド」では,2012 年1 月に上記4 地区の5 小学校の5-6 年生400 名を対象に,「マラリア知識と行動に関する社会疫学調査(ESMKBAESCEL)」,いわゆるプレ調査を実施した(詳細は,社会学部論集第56 号:1?22)。今回のポスト調査(2013 月6 月)では「熟議型調査法」を援用し,プレ調査に続き,マタラム大学医学生40 名が当該小学校において,「マラリアの語り部」として,昨夏の調査結果をアニメ化したパンフレット(「マラリア見守り隊」が活躍するストーリー)を用い,マラリアの医学知識を解説し,マラリア知識に関するゲームを実施した。その後,マラリア社会疫学調査(ESMKB AESCEL)を再度遂行し,新しいメソッドの教育効果を検証した。小学生参加型の「持続可能なマラリア教育メソッド(SBMI ESCEL)」の成果としては,主に以下の点が特筆される。プレ調査では全問正解者がほぼ皆無であったマラリアに関する8 つの基本項目の正解率が,ポスト調査では55% にまで上昇した。また,マラリア撲滅への関心や意欲も格段に高まり,全項目で想定以上の教育効果がみられた。従来の官製資料の学校配布や医者による専門的指導に代え,より子供が親しみやすいよう考案されたアニメ型のパンフレットやマラリアの語り部,ゲーム(マラリア知識のコンペ)の導入によって,顕著な教育効果があることが明らかになった。今後は,ゲーム参加者に「マラリア見守り隊」認定証を贈呈し,かれらがHealthMessenger(健康普及者)として活躍できるマラリア教育システムのさらなる開発を目指す。
著者
満田 久義 Mulyanto Rizki M.
出版者
佛教大学
雑誌
社会学部論集 (ISSN:09189424)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.79-96, 2008-03-01

マラリアは,毎年2億から3億人の患者と,150万から200万人の死者を出す人類にとって最悪の感染症の一つである。日本では稀な病であるからといって,21世紀の地球社会で,毎日3千人もが犠牲になる悲劇に無関心のままでよいだろうか。マラリア問題の解決は,アジアやアフリカだけではなく,人類共有の課題であり,先進国の責任は重い。マラリアは,感染経路や発症メカニズムの医学的研究が進み,治療や予防が可能となっている。ではなぜ,現在もエイズに匹敵するひどい被害が続いているのだろうか。マラリア問題の根底には,医学的な要因だけでなく,劣悪な衛生環境や栄養状態,経済的貧困,社会資本不足,ジェンダー差別,教育の欠如など,人間貧困の悪循環からくる生存権のはく奪状況があるのだ。インドネシアでは,2005年の異常気象で,雨期の11月から3月にかけて激しい集中豪雨が襲った。洪水はマラリア原虫を運ぶハマダラ蚊の大発生を引き起こし,マラリア感染がアウトブレイク(大爆発)した。森林やラグーン(潟湖)の乱開発,都市化と工業化など社会変化による複合要因もアウトブレイクの背景にある。われわれは2006年4月から3年計画で,インドネシア国立マタラム大医学部と国際共同研究「マラリア・コントロール・プログラム」を進めている。そして,バリ島の東にあるロンボク島で,マラリア感染の社会疫学的調査(CBDESS)を実施した。同島では05年のアウトブレイクで,千人以上が感染し多くの死者が出たといわれている。CBDESS調査では,マラリア被害のあった村々の一軒ずつを訪ね,992人の世帯代表者から聞き取り調査を行った。87%の世帯で,貧しさから5歳までの子どもを入院させることができずに亡くしていた。また,半数以上が学校に行っていないか,小学校すら卒業していないなど,教育が欠けている状況だった。マラリアの知識も6割になく,夜間にシャワーやトイレを屋外でするなど感染の危険に身をさらしていた。調査結果を統計解析すると,収入や教育レベルの低さとマラリア感染の危険性とが深く関連していることが明らかになった。これまでのマラリア対策は,発生源のハマダラ蚊の撲滅とマラリア患者の早期発見と治療が中心だった。しかし,今回のアウトブレイクに関する社会疫学的研究は,従来の対策を根本的に見直すことが必要なことを示している。マラリアの被害を抑えるためには,貧困な地域での経済対策や教育の向上によって,母子の健康状態を良くしたり,感染を防ぐ生活習慣を広めることが重要だ。これは人間社会の問題であり,マラリアに対抗できる地域力を高める「コミュニティ・エンパワメント」が求められている。異常気象は,地球温暖化の影響の可能性があると指摘されている。そうであるなら,集中豪雨がもたらしたマラリア・アウトブレイクは,豊かな先進国のしわ寄せを途上国の最も貧しい人々,とくに子どもが受けたことになる。日本ができることは,経済的支援以外にも,たくさんあると考えている。たとえば,自らが村に入って,マラリア教育の手助けをすることもその一つだ。自分たちの行動が子どもの命を救うことを実感できれば,生きる意味を見失っている日本の若者やシニアにとっても,得難い体験になるにちがいない。マラリアから子どもを守る活動への支援の輪を広げていきたい。