著者
上 真一
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.19, no.6, pp.283-299, 2010-11-05
被引用文献数
1

生物海洋学における研究目的の一つは,植物プランクトンから魚類などの高次栄養段階動物に至る食物連鎖の中でのエネルギー転送過程や物質循環過程を解明することであるが,人間活動の高まりが海洋生態系の変化を引き起こしている現在では,食物連鎖構造に及ぼす人間活動の影響を解明することも主要な研究テーマとなる。本稿は著者がこれまで行ってきた動物プランクトン(特にカイアシ類)の生産生態研究とクラゲ類大発生機構解明研究を概説し,魚類生産が持続するための沿岸生態系の保全と修復の必要性について述べる。食物連鎖の中枢に位置する動物プランクトンの生産速度の推定を目的として,まず分類群別に体長-体炭素重要関係を求め,動物プランクトン現存量測定の簡素化を図った。次に最重要分類群であるカイアシ類の発育速度,成長速度,産卵速度などと水温との関係から,本邦沿岸産カイアシ類の平均日間成長速度は冬季では体重(あるいは現存量)の約10%,夏季では約40%であることを明らかにした。瀬戸内海全域を対象とした調査航海を行い,現場のプランクトン群集の生産速度を求めた。その結果,植物プランクトンから植食性動物プランクトンへの転送効率は28%,さらに肉食性動物プランクトンへの転送効率は26%と,瀬戸内海は世界トップレベルの単位面積当りの漁獲量を支えるにふさわしい優れた低次生産構造を示した。1990年代以降瀬戸内海の漁獲量は急減し,一方ミズクラゲの大発生が頻発化し始めた。さらに2002年以降は巨大なエチゼンクラゲが東アジア縁海域に毎年のように大量発生し始めた。両現象に共通するのは人間活動に由来する海域環境と生態系の変遷(例えば,魚類資源の枯渇,富栄養化,温暖化,自然海岸の喪失など)であり,両海域はいわゆる「クラゲスパイラル」に陥っているようだ。クラゲの海からサカナ溢れる豊かな「里海」の創生に向けた海域の管理が必要である。

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