著者
定松 淳
出版者
環境社会学会
雑誌
環境社会学研究
巻号頁・発行日
no.16, pp.139-153, 2010-11-10

本稿は,埼玉県所沢市周辺地域におけるダイオキシン問題に対する公害調停運動を,フレーム調整の視角に基づいて分析する。1990年代この地域には無数の産業廃棄物焼却施設が集中していた。施設近隣の住民は運動を開始したが,なかなか広がらなかった。95年に科学者の協力を得て,高濃度のダイオキシンが排出されていることを明らかにしたことから,住民運動は大きく拡大した。つまり「ダイオキシンによる環境汚染」へのフレーム転換が成功したといえる。しかし拡大した住民運動は,「地域への産廃施設の集中」へとフレームの再調整を行い,埼玉県行政との対決姿勢を強めていった。これは,「ダイオキシン」という情報によって問題の存在を知らされた「新住民」たちが,自分たちの問題として主体的に問題を捉え返そうとした過程であった。そこには,ほかでもない自分たちが生活する地域の問題であるという「限定」に基づく強い当事者意識がある。「誰も当事者である」というかたちで今日広がった環境意識を相対化してゆくさい,この「限定」の契機は重要であると考えられる。

言及状況

はてなブックマーク (1 users, 1 posts)

収集済み URL リスト