- 著者
-
岩橋 勝
- 出版者
- 社会経済史学会
- 雑誌
- 社会経済史学 (ISSN:00380113)
- 巻号頁・発行日
- vol.77, no.4, pp.481-503, 2012
近年の近世日本貨幣史研究は,かつての制度史的ないし貨幣改鋳史的研究手法を超えて,貨幣流通の実態を踏まえた検討が進められている。その際,貨幣を通して経済発展を検討しようとする「貨幣の経済史」が求められている。本稿で検討する熊本藩は,いわゆる銀遣い経済圏の中にある。しかし,領内では経済発展により農民や町人の日常的決済の場では銭遣いが進展し,藩府は銀銭標準相場を示して銀建ての領主経済や領外取引とのリンクを確保した。このため銀建ての藩札流通が阻害される結果となった。銭貨供給は全国的に不十分であったので,領内では民間で「銭預り」という銭匁札が18世紀中期から自然発生的に出回り始めた。藩府も18世紀末より同様の銭預り発行を開始し,藩府は実質的に藩札化しか銭預りの過剰発行に留意したので,札価はほぼ維持され,明治初年まで流通した。小額貨幣を基本とする藩の貨幣政策が成功する例は熊本藩のみではなく,西日本のいわゆる「銭遣い経済圏」と見られる地域で少なからず観察できる。