- 著者
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岡田 典之
- 出版者
- 龍谷大学龍谷紀要編集会
- 雑誌
- 龍谷紀要 (ISSN:02890917)
- 巻号頁・発行日
- vol.34, no.2, pp.1-20, 2013-03
本稿では、十七世紀中頃に著作活動を行った錬金術師トマス・ヴォーンの主要な著作を概観し、錬金術思想が当時依然として有力であったアリストテレス的・スコラ的自然学や、急速に支持されはじめていた機械論的自然学にどのように対峙しうるものであったかを考察する。ヴォーンは、スコラ哲学的・思弁的な自然学に対しては実験・経験の重要性を強調し、また大学という制度内で確立している学問に対しては、自然の教えを対置した。さらにアリストテレス自然学を異教徒の学問であり、キリスト教徒にとっては有害であると断罪し、自らの錬金術を単に金属変成(黄金の獲得)だけを目指した現世的な技から区別し、魂の救済に関わるものとした。ヴォーンはまた、宇宙の構造や自然の究極の要素についても思索し、伝統的な四元素の名称を用いつつも、霊的な原理と物質的な原質が様々な仲介物を通して緊密に結びつく、有機的、生気論的でダイナミックな宇宙論を構想した。それは機械論的自然観と真正面から対抗するものであったと言えるだろう。