著者
岡田 典之
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.67-85, 2016-03-16
著者
岩田 貢
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.155-170, 2015-03-16
著者
市村 卓彦
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.1-12, 2009-03-12
著者
西山 龍吉
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.13-26, 2007-03

近代における解析学の発展は実数に関する理論の完成を促し([1],[2])、実数概念は現代数学の基礎となっている([3],[4],[5])。代表的な実数論には、有理数の基本列を用いたCantorの理論([1],[3])と、有理数の切断を用いたDedekindの理論([2],[3])があり、両者は同値([3])である。このほか、公理系を用いて実数体を規定するHilbert流の実数論([3])もある。Abraham Robinsonよる創始後40年をかぞえる超準解析([6],[7],[8],[9],[10],[11])も実数論とかかわりがあり、超準解析を用いた実数論が、すでにMartin Davis([10])によって述べられている。本論においては、無限小数という概念を基礎に、超準解析を用いた新たな実数論の構成を試みる。実数は、現に同値類や切断としてよりも、むしろ無限小数としてあつかわれている。それにもかかわらず、これら無限小数間に直接加減乗除を定義しようとすると、余りの煩瑣のため目的を達しない。そのとき、超有理数体Qを理論の土台に据え、非手つづき的定義を用いるならば、構成はほとんど自明となり無限小数がもつ難点が解消される。このように超準解析は実数に対する自然なとらえ方、あつかい方に理論的根拠を提供するものであり、本論は'超準解析が可能とした無限小数による実数論'といっていい。本論はまた、これが超準解析を体験する最短のコースの一つとなることを、期待している。
著者
角岡 賢一
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.47-74, 2015-03-16
著者
市村 卓彦
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.27-41, 2006-09

拙論は、フランス国アルザスのルネサンス時代において、その当時最も優れた文学作品のひとつである風刺詩集『阿呆船』と、その著者セバスティアン・ブラント(1458-1510)を取り上げる。『阿呆船』は現代フランスの思想史家ミシェル・フーコーがその『狂気の歴史』において、狂気についてのすぐれた文学的例証であると指摘した作品である。ブラントの『阿呆船』は、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』に先駆するヨーロッパ世界で最初のベストセラー作品となり、もっとも読まれる作品となった。ブラントはバーゼル大学法学部に学び、のちに母校の法学部長を長く勤めた後、生まれ故郷のストラスブールに戻って市参事会書記に転進し、ストラスブールの名声を高めるとともにアルザスの人文主義(ユマニスム)を発展させている。拙論はブラントの生涯と当時のストラスブールの文化状況(活版印刷術の発明など)についても考察する。
著者
時本 義昭
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.A1-A25, 2007-09

フランスではギゾーによって一八三四年に初めて大学に憲法講座が設置され、そこで初めて憲法の講義を行ったのはイタリア出身のペッレクリーノ・ロッシである。本稿は、その最初の講義の講義録を紹介するとともに、それを七月王政下の諸情勢の中に位置づけることによって評価したものである。ロッシの『憲法講義』は「開講の辞」と一〇五講義から成り、前半で人権が、後半で統治機構が論じられている。そこでは一八三〇年憲章の存在を前提として歴史的観点と比較法的観点から分析がなされている。同憲章の存在を前提としているという意味で『憲法講義』は法実証主義に立脚しているが、このことが『憲法講義』の後世への影響力を弱めた原因の一つである。すなわち、『憲法講義』は現行制度に密着するあまり個々の点で理論的展開が不十分なものとなり、体制の崩壊ととものその妥当性を失ったのである。その結果、講義内容の学問的レベルは高いとはいえず、個々の点における後世への影響も強いとはいえない。しかし、『憲法講義』の意義は、フランス革命に由来する諸原理に立脚した公法を初めて体系化することによって近代憲法学の原型を示したことにあると考えるべきである。
著者
近藤 英彦
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.27-35, 2008-01

英語の母音変化のながれは、概してその狭母音化・口蓋音化、さらには二重母音化の傾向が著しいが、その中でときに広(開)母音化を示す比較的珍しい例がないわけではない。本論はそのなかから時代を異にする二つの場合を取り上げてその概要を示すとともに、その変化が何ゆえにどのような状況の中で生じたのか、同時代の音変化と音韻構成の変容という背景の中で検討をくわえ、その不可避性の有無を検証するものである。
著者
今村 潔
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.7-28, 2015-03-16
著者
角岡 賢一
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.1-13, 2011-09-30
著者
大槻 志郎
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.29-41, 2006-01-31

Isak Dinesenの物語には土地のモチーフが頻出するが、その重要性は、何よりそれがディーネセン最大の主題である<宿命>の隠喩として機能している点にある。息子が罪に問われ、これを救うために落命する母親を描いた代表作"Sorrow-Acre"はその典型であり、小論では、物語の真の焦点が母親よりもむしろ周辺の人物たちの運命にこそあり、土地の表象がその問題を暗示していること、さらに、こうした用法はほかの作品にもみられるものであり、定住を含意する<土地>が、夢の追求を暗示する<移動>としばしば対置されて、夢の挫折としての運命や、それとの和解を表現すべく機能していることを示す。
著者
角岡 賢一
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.157-173, 2007-09

この小論では、日本語方言区分の実際と基準について論じる。一般的に現代日本語は、東日本・西日本・九州・琉球という四大方言への区分がなされる。他方でアクセントによる区分では、無型・一型・二型という理論面から分類され、主要方言の大部分は二型アクセントに属す。いずれの区分においても、人口の多い方言が有力であるという実態が観察される。これは日本語のみならず、世界中で多くの言語または方言においても同様である。これを方言における人口優位の原則として仮説化し、検証する。東日本・西日本・九州・琉球という大区分では、この順で人口が多く、東日本方言の優位性が裏付けされている。これを絶対的人口優位原則と仮定する。それぞれの大区分において小区分する際も、人口の多い小区分が優位となる。これを相対的人口優位原則と仮定する。東日本においては東京方言、西日本方言においては京阪方言、九州方言においては博多方言がそれぞれ優位である。これら小区分間の相対的な優位性も、人口によって順位が定まってくる。
著者
時本 義昭
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.A1-A20, 2008-01

尾高朝雄のノモス主権論においては、抽象的な理念であるノモスに主権が帰属させられる。また、純理派は、革命期において、主権の帰属主体が「個別的で具体的」であったことが議会による無制限な支配や多数派による圧制をもたらしたとして、抽象的な存在である理性に主権を帰属させることを主張した。いずれにおいても、主権の帰属主体が抽象化されることによって主権の帰属主体自らによる主権の行使は不可能となり、その結果として主権の帰属と現実における主権の行使とが分離され、主権の行使は内在的に制限される。ところで、カレ・ド・マルベールの国民主権論における国民も抽象的な存在であることから、ノモス主権=理性主権=国民主権となる。さらに、宮沢俊義の国民主権論も、「誰でも」によって構成される国民が抽象的な存在であることから、この等式における国民主権に含まれる。その結果、意外にも、主権の帰属主体に関する限り、宮沢・尾高論争における理論的な対立的要素はなくなるのである。
著者
角岡 賢一
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.169-189, 2008-01

この小論では、仏教語彙が本来の教義を離れて意味が一般化した過程を語彙誌的に跡付ける試みを行う。まず直近20年間の新聞記事をデータベースによって検索し、共時的視点から分析を行う。次に時代を遡り、本来の意味から逸脱し始めたのがどの時代であったかを探る。検証の対象としたのは、次の八語彙である。他力本願、お題目、一蓮托生、億劫、極楽浄土、唯我独尊、後生大事、〓啄同時各語彙が新聞記事でどのように用いられているかによって、仏教語彙本来の意味であるか一般化した意味かに分類した。その比率の比較は、語彙項目毎に大きな偏りがあった。「極楽浄土、〓啄同時」の二語は九割以上という高率で本来意味での記事が見られた。それ以外の六語はいずれも、この比率が一割未満であるという極端な偏りが見られた。
著者
小長谷 大介
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.1-16, 2006-01-31
被引用文献数
1

19-20世紀転換期における科学的諸成果は、当時の社会的状況を背景としながら、理論・実験両者からの地道なアプローチによってもたらされたのである。エネルギー量子発見に絡む熱輻射研究もその例外ではないが、従来の熱輻射研究に関する科学史研究は、「量子論の起原」を探ることを主な目的として理論的文脈に偏る傾向をもっていた。そのためか、熱輻射研究史において、理論的成果と動的に結びつかないように映る実験家の研究内容は、陰の部分に属しがちであった。だが、改めて当時の実験科学的文脈を見直すならば、実験家の仕事の異なる側面が見えてくるのである。ここでは、実験科学者フリードリヒ・パッシェンの熱輻射研究に対して諸評価があるなかで、天野清のパッシェン評を取り上げて、それに対する十分な考察とパッシェン評の再考を行った。その結果、天野によるパッシェン評の3点、空洞による熱輻射の理解不足、ヴィーン法則の「常数」αに関する「不正確な」認識、固体熱輻射源への「重要な材料」の提供というのはいずれも相応な評価と判断できた。また、当時の熱輻射研究の文脈を詳察するならば、さらに異なるパッシェン評を加える必要があった。新たなパッシェン評は、彼が1890年代後半の固体ないし固体-空洞折衷型の熱輻射実験から得た成果についてである。ルンマーらの空洞熱輻射源の実験には長い開発期間が必要だった一方、パッシェンの固体熱輻射源を利用・応用する実験は、当時としては最先端の測定データを短い時間で提供できるものだった。1899年までの熱輻射研究において、パッシェンのデータは大きな存在感をもち、それは当該分野の他の実験家、理論家にとっても重要な価値をもっていた。
著者
福本 宰之
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷紀要 (ISSN:02890917)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.61-74, 2007-09

Although poets like Dryden and Cowley were chosen as members of the Royal Society in its early days, they were not conversant with science. The former was expelled from the Society due to his failure to pay membership fees while the latter never attended a meeting. As a result, it might be supposed that the rise of scientific ideas crystallized in the foundation of the Society did not have an impact on their works. The Society's aim in promoting science was to understand the law of nature which the omnipotent God had ordained, and thereby contribute to the well-being of human beings. The means was through experimentation and a close observation of nature, the latter of which naturalists embraced most eagerly. They collected as many samples, whether animal or plant, as they could, and behavioral patterns or distinguishing features were identified. It has not been pointed out that literary men drew much inspiration from this inductive way of scientific research. They valued observing nature directly in the same way as naturalists did, and praised the practice as something to be followed. They also learnt of the most ideal objects for observation, which were small creatures like ants and bees.