著者
菊田 悠
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.77, no.3, pp.361-381, 2013-01-31

本稿では中央アジアのウズベキスタン東部の町を舞台に、ムスリム(イスラーム教徒)の住民が、各職業にはその職に従事する人々を守護する聖者「ピール(pir)」がいると考え、それに対して加護を願い、聖者廟への参詣や儀礼等を行う現象(ピール崇敬)を分析する。これにより、ソヴィエト連邦時代の急激な産業・社会構造の変化にもかかわらず、今もピール崇敬の多くの要素が維持され、幾つかの業種では同業者の連帯や親方の数と技能水準の維持に力を発揮していることが明らかとなる。一方、調査地の中心産業である陶業では、ピール崇敬を通じた同業者の統制機能は縮小しているが、一部の陶工たちはピールの教えとして工房における行動規範を現代的な生活様式に合う範囲で語り伝えたり、人智を超えた不可解な現象を起こす存在としてピールに畏敬の念を抱いたりしている。また、ピールに理想の陶工像やソ連後の市場経済化で必要とされる作家性の源泉等を見出して重要視する陶工たちも存在する。すなわち、ピール崇敬は現在も集団の統制から個の表現まで幅広い機能を果たし、ピールは脱呪術化・日常倫理化と神秘性の絶妙なバランスを保っている。これはイスラーム的聖者の性質の多様性と現代社会への適応力を示し、教団組織(タリーカ)を基盤としない聖者崇敬の事例としても貴重である。

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