著者
早坂 大亮 永井 孝志 五箇 公一
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.193-206, 2013-07-30

農薬は作物の品質・収量確保の上で必要不可欠である一方、持続的な農業活動に向けては生物多様性を無視することはできない。本稿では、今後の農薬の生態リスク管理手法として取り入れるべき、多種系あるいは群集レベルの評価手法について概説するとともに、これら手法の有効性・可能性と今後の展望について議論する。日本における現行の農薬管理は、農薬の曝露影響と生物への影響の濃度とを対比させて評価を行う。農薬の曝露影響は多段階の評価制度(Tier制)が確立されているが、生物影響は個体レベルの室内毒性試験のみで評価されており、群集(生態系)レベルでの評価手法は確立されていない。また、室内試験の結果を野外環境に外挿することの難しさは多くの研究者により指摘されている。近年、個体レベルの評価から多種系の評価に外挿する手法として、農薬に対する各生物の感受性差を考慮した統計学的手法である種の感受性分布(SSD:Species Sensitivity Distribution)が開発されている。これにより、生物集団の潜在影響を簡便に評価できる一方で、生物間相互作用や群集の回復性などは考慮できない。これら課題の解決に向けて、メソコスムを含む実験生態系による試験の実施が有効であると考える。実験生態系は、多種の生物に対する影響を同時に試験可能であるとともに、コントロール(対象区)を設定できる、などの利点がある。群集レベルの農薬の生態リスク評価にはこれまで、多様度指数や主成分分析等が指標として用いられてきたが、何れも生物多様性への影響評価として解釈が困難であった。そこで、コントロールと農薬処理区との群集組成の時間変化における差に着目した多変量解析である主要反応曲線(PRC:Principal Response Curves)解析が開発され、現在、多くの現場で使用されている。一方、曝露後影響のモニタリング期間が短い場合、世代期間(生活史サイクル)の長い生物に対する影響を過小評価してしまう危険性がある。1年以上の長期モニタリングを行うことで、各種の生活史も考慮したより現実的な生態リスクの評価が可能になる。これらの課題を踏まえ、今後の生物影響の評価システムとして、室内毒性試験、種の感受性分布、および実験生態系による長期モニタリングを一つの評価パッケージとして段階的に実施することを我々は提案する。その上で、これら試験結果から総合的に導かれる農薬の毒性について曝露影響と比較することで、農薬の生態リスクの総合評価による登録保留基準の設定が可能になると考える。

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