- 著者
-
遠藤 央
Hisashi ENDO
京都文教大学総合社会学部
KYOTO BUNKYO UNIVERSITY Department of Social Relations
- 出版者
- 京都文教大学
- 雑誌
- 総合社会学部研究報告 = Reports from the Faculty of Social Relations (ISSN:21888981)
- 巻号頁・発行日
- vol.15, pp.1-9, 2012
1990年に現在のパラオ共和国を訪れたとき、そこはまだ独立以前の国際連合の「戦略的」信託統治領であり、独立への道を模索している最中であった。さまざまな話を聞いたなかで印象的であったのは、敗戦後の引き揚げのなかで残されてしまった、両親がともに日本人であったこどもの話であり、日本統治がどのような影響を与えたのかを知ろうとする現地の人々の主張であった。それらは、いわゆる「外地」の比較を帝国研究のなかでどのように位置づけることができるのかを研究するきっかけとなるものであった。敗戦後すぐにいわゆる帝国臣民は「日本人」と「非日本人」と分類され、「日本人」は外地から内地へ引き揚げ、「非日本人」は内地から外地へ、外地から外地へ、あるいはまれな事例であるが、外地から内地へと移動することになる。「日本人」は「連合国国民」、「中立」、「敵国民」、「戦争の結果扱いが変更された国民」、「朝鮮人及び台湾人」に分類された。それらの人々がどのように移動し、また移動できず(せず)、そのことがどのように戦後秩序に影響したかを考察することが必要である。なぜなら、帝国研究において、まがりなりにもイギリスやフランスは、植民地の人々が旧宗主国に移動し、政治的な影響力を行使できるようになることで、「宗主国の脱植民地化」がおこなわれたのに対して、日本と米国はそうしたプロセスを経ていない点に特徴があると指摘されているからである。