- 著者
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阿部 一
- 出版者
- 東洋学園大学
- 雑誌
- 東洋学園大学紀要 (ISSN:09196110)
- 巻号頁・発行日
- no.23, pp.21-36, 2015-03
現代日本人の中にも息づいている祖先祭祀や氏神信仰といった伝統的な民俗宗教は,もともとどのようなものであり,どのように受け継がれてきたのだろうか。無畜稲作を生業とする日本の伝統的な家族システムは母性優位であり,その民俗宗教は,自然の一部である人間と周縁の自然との感情的な交流を志向する共感的「かまえ」が優勢な母性的宗教であったと考えられる。古代日本人にとって,自然は人間の思いに応えて恵みをもたらす一方で,機嫌をそこねると災いを引き起こすものであり,自然がもつそのような力の換喩(メトニミー)であるカミに対して祈りが捧げられた。それは,人間の領域の周縁にいる周縁神であり,時宜に応じてやってくる来訪神であった。仏教(浄土教)の浸透により,死者が聖なる存在(ホトケ)として扱われるようになると,11世紀前半のイエの成立以降,祖先に成仏してもらうための祖先祭祀がイエの重要な宗教儀礼となった。14世紀後半以降,イエの集まりとしてのムラが形成されると,擬制的な祖先神として,氏神や産土神と呼ばれる鎮守のカミが祀られた。イエは先祖をホトケとして祀ることによって安定化し,その直系的な継承性の重視が鎮守のカミへの信仰に一神教的な性格をもたらした。イエやムラから縁遠くなった多くの現代日本人にも,死者を含めて自然を包括的にとらえ,それと感情的に交流しようとする母性的民俗宗教的な態度は受け継がれている。