- 著者
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阿部 一
- 出版者
- 東洋学園大学
- 雑誌
- 東洋学園大学紀要 (ISSN:09196110)
- 巻号頁・発行日
- no.25, pp.51-66, 2017-03
日本文化には,心理学や宗教学の観点から母性的な特徴があると指摘されてきた。それは,他者との一体感を求め,場の平衡状態を維持しようとする傾向である。本稿では,この特徴がどのように成立し,日本の文化的伝統に織り込まれ,受け継がれてきたのかを,環境と人間集団の関係である風土の観点から明らかにした。文化とコミュニケーション行為は一体であるため,文化の特徴は,コミュニケーションの「かまえ」という観点からとらえられる。古代日本人のかまえは,モンスーンアジアの風土に根差した母性優位の家族システムにおいて生まれた「場志向・共感型」の母性的かまえである。このかまえに適応した言語である日本語は,「述語中心」「文脈的」「話題優位型」の構造と,自然との一体感を反映する語彙をもち,そのやりとりを通じてかまえは家族内で親から子へと受け継がれた。さらに,自然という場に目を向け,それと共感的にかかわる中から歌が生まれ,それが日本の文芸の中核となることで,母性的かまえは家族システムの外部においても文化的に支えられることになった。したがって,日本文化の母性的傾向の起源はモンスーンアジアの風土性にあり,その傾向は「環境」「かまえ」「ことば」の安定的な三項関係に支えられ継承されてきたと考えられる。